水沼朔太郎【今夜のメルシー・ボク】第十一回~第二十回

水沼が好きな連作や歌集からそれぞれ三首ずつ紹介しています。
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今泉さかい @sakaimaizumi

【今夜のメルシー・ボク】第十一回 秦佐和子いくたびか深きお辞儀して去りぬさんぐわつ雨ぬるむ頃 人形にあるかなきかの乳ありて思想のごときもの徴(きざ)しくる 凪 ながきくろかみなべて引力のさるるがままの姉の立像 /吉田隼人『忘却のための試論』

2016-07-20 18:32:03
今泉さかい @sakaimaizumi

【今夜のメルシー・ボク】第十二回 はりつめた顔つきあはすわれらかな冷奴に箸そつと入れつつ 白日傘もたざるわれが青山の燃ゆる日ざしのキャンパスあゆむ さかのぼれと囁きつづけトンネルの出口めがけて自転車を漕ぐ /碧野みちる「鋏」『角川短歌2015年11月号』

2016-07-21 18:00:40
今泉さかい @sakaimaizumi

【今夜のメルシー・ボク】第十三回 後輩の評論を読む 傍点を付けたら良いと思つてゐるだろ 欲望も願望も展望もない 家賃は明日引き落とされる 笑へない誤訳のごとし青春は知らないうちに版を重ねて /濱松哲朗『春の遠足』

2016-07-22 18:01:14
今泉さかい @sakaimaizumi

【今夜のメルシー・ボク】第十四回 自撮りブスみたいな顔の為政者がまばらにひかり浴びる八月 でも自撮りやめないきみが可愛くて可愛くなくて夜霧がしみる 祈りとは家族映画に怯むときゆびのすき間に挟まれるゆび /田丸まひる「ロッキンホースバレリーナ」『神大短歌vol.2』

2016-07-23 18:04:18
今泉さかい @sakaimaizumi

【今夜のメルシー・ボク】第十五回 火炎吐くごとくに僕は息をする仲裁という慣れぬ役目に 俗事 その合間合間に眺めたる街並みひかりごけの如くに 電飾によって明るむ木々たちの、骨と思えば僕は愚かだ /廣野翔一「ひかりごけ」『穀物創刊号』

2016-07-24 18:00:09
今泉さかい @sakaimaizumi

【今夜のメルシー・ボク】第十六回 えなんちおどろみあ えなんちおどろみあ もう止まらないシーソーである 歩道橋から満月がよく見える 笑顔ばかりがよく褒められる カーテンにくるまりながら少年は「月は自分で光れ」と言った /龍翔「ひかりの庭」『短歌ホスピタル』

2016-07-25 18:00:32
今泉さかい @sakaimaizumi

【今夜のメルシー・ボク】第十七回 新年の天気予報を聞きながら蛇口にお湯が出るのを待った 年々歳々だめになってくあわ雪が笑ったままのあなたに積もる 怖くないって言ったもん勝ち水筒のすべてのゴムを外して洗う /牛尾今日子「冬と予報」『京大短歌22号』

2016-07-26 18:00:05
今泉さかい @sakaimaizumi

【今夜のメルシー・ボク】第十八回 ゆうぐれの橋であなたが感傷に負けてそろえた家具の話を 夏ならばひとがあふれる公園のぬかるみにスニーカー駄目にする 完璧な胸トラップをきめたのにすぐに吹雪にやられてしまう /佐々木朔「橋と水/ペテルブルク」『羽根と根4号』

2016-07-27 19:00:27
今泉さかい @sakaimaizumi

【今夜のメルシー・ボク】第十九回 ほとんどにきびと精液だったと思うからだから娶ったアジテーションだ 戦時下の連続殺人なんど甦ってもああ食べかけのクリスマス 笑い上戸は星になりそびれるんだ親知らずなんか抜かなくていい /瀬戸夏子「真冬と軍服を天秤にかけてみよう」『率10号』

2016-07-28 18:00:45
今泉さかい @sakaimaizumi

【今夜のメルシー・ボク】第二十回 朝々に霜にうたるる水芥子(みづがらし)となりの兎と土屋とが食ふ 温かに足の痛まぬ夕ぐれは少しぼけ気味にて散歩する 何がほしいとねがふ心もなくなりて吹き来る風のぬるきを喜ぶ /土屋文明『山下水』

2016-07-29 18:00:08