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  • gnck
    何かに感動して泣く、というのは「能力」だよ。なんというか、当たり前の反応でできるもんではなくて、獲得するものだよ。
  • gnck
    泣くのを我慢するというのは、偉いことかもしれないけど。そもそも共感する能力が無いと、泣くこともできない。共感が欠けているっていうのは、普通に不具感あるよ。でも後天的に「共感」する能力を獲得することだって、気を付ければ普通にできるはずなのだけどね。
  • gnck
    大人になると、涙もろくなるというのは、普通に共感能力が上がってるからでしょう。だから、いま共感する力が欠けていると思っている人も、色々経験すれば、ほかのひとを思いやることができるようになるだろうから、深刻に考えなくてもいいと思いますよ。
  • gnck
    共感が欠けていて、そのうえ、頑なでなければ生きていけないところにいる人というのも、いるのだけれどね。「共感しない強さ」っていうのもあるけど、自分がこの先ずっとそういう強さを持っていられるかは誰にもわからない。
  • KANAH0
    それを「強さ」と呼ぶのは結構 ”男の子” の性質かもしれない @gnck
  • gnck
    そうですね。そして「男の子的な強さ」と「大人になること」って乖離しているんですよね。強さと健全さのバランスというか。スターウォーズからしてそういうモチーフですけど。RT @KANAH0: それを「強さ」と呼ぶのは結構 ”男の子” の性質かもしれない gnck
  • KANAH0
    その乖離の期限はどこにあるのだろうと考えているんだよね。「女の子」だってもう既に自己の制御ではどうしようもない位相で涙を流せないことも多々あるから。 RT @gnck *そして「男の子的な強さ」と「大人になること」って乖離しているんですよね。強さと健全さのバランスというか。*
  • gnck
    @KANAH0 「強さ」はまだ分かりやすいけれど、「健全さ」の起源はよく分からないですよね。「部分最適」と「全体最適」の対立のようにも見えますが、「全体最適」の条件が歴史的な状況で変化しているようにも見える。(かなり、進化心理学っぽい解釈ですね・・・)
  • KANAH0
    @gnck 心理学の範疇のものはまずその理論を抽出した方法論からして疑いたくなるのでとても難しい問題ですね(だからこそなるべくそこからはなれた言説を紡ぎ出すことが大切かも)。「健全さ」に関してもまた類似的問題ですが、現状ではその言葉が用いられている状況を見極める感性が要るかも。
  • gnck
    @KANAH0 「女の子」が大人になる困難って、どういうものなのかなーと思いますね。横から見ていると、難儀しているように見える。
  • KANAH0
    @gnck その難儀さを「男の子」が気づいてくれているというだけでとてもありがたいという状況が現状なのだと思うよ。「女の子」自身、身体的には相対的に成長ははやいけれど、精神的な意味では結局成長すること自体を虚勢されているのかもしれない。
  • KANAH0
    @gnck そして、よくできているなという社会構造としてそういう言説は全て「所謂フェミニズム」に還元されてしまう。だから、言説としてフェミニズムを語れるのはもう”女の子”ではないと私は思っているのね。
  • KANAH0
    @gnck そして、「女の子」が大人になることっていうのは、殆どSF次元に近くて、「女の子」だけを見ていてもわからないことだから、”憧れの女性の先輩を背中を見る”なんて構図はありえないと思うの。
  • KANAH0
    女の子が大人になるのは生物学的にしか認識されていない、あるいは、それこそ”涙を流せるようになったら”という精神的レベルの話しかされていないかもしれない。 @gnck
  • gnck
    @KANAH0 なるほど・・・「所謂フェミニズム」としてラべリングされ、回収されてしまうというのは、こわいことですね。
  • KANAH0
    @gnck ハイ……「所謂」フェミの行き詰まりはそこかな、と……
  • gnck
    「強さ」を追い求めると「弱肉強食」の世になるが、「みんな幸せ」になるためには「健全さ」が必要、というか。
  • KANAH0
    Togetter - 「NHKスペシャル『無縁社会~新たな”つながり”を求めて』まとめ」 http://t.co/7bq1XQM via @togetter_jp
  • KANAH0
    Togetter - 「無縁・血縁・地縁に関するいくつかの考察」 http://t.co/PPbn7FE via @togetter_jp
  • Abraxas_Aeon
    「「無縁社会」をめぐって」をトゥギャりました。 http://togetter.com/li/100216
  • mpne
    今日のNHKの討論番組をみて、やっぱり当たり前のように家族と会社が「縁」のすべてなんだなと思った。「必要とされる」より「必要とされるか否かが問題とならない社会」のほうが汎用性が高い。総じて、僕の「ゆるい共同体」をもっと広めねばと思ったのであった。
  • mpne
    まず「なぜ家族か」。それは資本主義に生きる上でもっとも合理的な機能(総合職・専業主婦)が備わっているためで、別に縁のためではない。逆に合理性の追求によって大家族→核家族と、縁は最小限にまで切り詰められ、その分機能分化が進んだ。
  • mpne
    機能が精錬されていくにつれて役割期待が最大化されるため、「夫は仕事、嫁は家事育児」があらゆる家族形態の最終機能分化段階になる。結果としてDVが横行し育児放棄が行なわれ、疲れ果てる家族が出来上がる。けど家族共同体を変形させる関数はあくまでも経済だから、縁を復活させることはできない。
  • mpne
    というわけで、シェアハウスとか増やして、反資本主義的共同体を作りましょう、というのが「ゆるい共同体」で、オルタナティブとして機能させられればいいな、とか考えている、ということを言いたかったのですが、長くなって大変申し訳ありませんでした……。
  • Seitenhieb
    @mpne 経済は機能を分業化しましたが、メディアはむしろ個人に最大限の機能を求めているような気がします(例:イクメンや料理好きの夫などなど  その辺りはどうお考えですか?
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