編集部イチオシ

エレン先生と考えよう、日本人の英語

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uroak_miku @Uroak_Miku

1)書きことばと話しことばがかけ離れると「国民」を養成できなくて、つまり「国家」が成り立たない。そこで書きことばを話しことばに近づける努力がなされた。明治のことです。

2016-09-23 22:45:03
uroak_miku @Uroak_Miku

2)「~に候(そうろう)」が書きことばの典型です。漢文の素養がないと書けない。知的階級でないと使えないことばでは、庶民は学べない。階級や貧富の差や地域差を越えて万人に理解され使いこなせることばがなければ「国民」は養成できない。

2016-09-23 22:47:16
uroak_miku @Uroak_Miku

3)まず日本全国(琉球やアイヌも含む)で話しことばを共通化することから始まった。江戸の山の手ことばを「標準語」と定めた。武家屋敷がいっぱいあるエリアのことばです。前に何度も触れた話題ですが改めて論じます。

2016-09-23 22:49:31
uroak_miku @Uroak_Miku

4)参勤交代によって江戸の山の手ことばはどの藩にも一定数ネイティヴがいた。明治政府はそこに目を付けた。山の手ことばなら日本全国にネイティヴか準ネイティヴがいるので、それを「標準語」と定めよう、と。

2016-09-23 22:51:34
uroak_miku @Uroak_Miku

5)これで話しことばの全国統一が始まった。方言廃止というわけではなく山の手ことばとのバイリンガル育成を目指した。

2016-09-23 22:52:32
uroak_miku @Uroak_Miku

6)話しことばのインフラ整備が進めば、それを足掛かりにして今度は書きことばの改良ができる。

2016-09-23 22:54:10
uroak_miku @Uroak_Miku

7)これは国主導ではなく民間の努力で始まった。いわゆる言文一致運動。小説家、それに新聞社が暗中模索していった。

2016-09-23 22:55:22
uroak_miku @Uroak_Miku

8)西洋の小説が日本にいっぱい入ってきた。翻訳がたくさん試みられ、たくさん売れた。西洋の小説(というか「小説」という表現そのものが西洋のものだったのですが)は「神」の視点で描かれる。主人公が知りえないことさえ地の文で語られる。日本にはそういうナラティヴがもともとなかった。

2016-09-23 22:59:07
uroak_miku @Uroak_Miku

9)西洋の小説は地の文が必ず過去時制で綴られる。「スカーレットはアシュレの無事を知ってほっと溜息をついた」とか。当たり前じゃんかと思ってはいけない。日本にはこういう著述スタイルはなかった。明治期に翻訳を介して国産小説にも導入された。

2016-09-23 23:01:52
uroak_miku @Uroak_Miku

10)『源氏物語』を読んでも、今でいう過去形の書き方はされていない。現在形の文が続いていく。そのところどころに「~と語りき」などが挟まれる。

2016-09-23 23:04:31

「昔 男ありけり」の「けり」は過去時制やないんかーとつっこみたくなる向きもきっとおられるでしょう。が、これは講談師が叫ぶ「~であった!」のニュアンス。つまり語り手の存在を感じさせるための技と見たいところです。

「風と共に去りぬ」の「ぬ」、それに「春も過ごしつ」の「つ」はどうか?「ぬ」は「立ち去る」のニュアンス、「つ」は「とどまる」のニュアンスです。英語でいう過去形とも現在完了形とも違う感覚。

uroak_miku @Uroak_Miku

11)西洋の小説では地の文が必ず過去時制。なぜなら過去のできごとであれば客観的に記述できるわけだから、「神」の視点で語るには過去時制の文のほうがそれっぽく感じられるのです。

2016-09-23 23:06:09
uroak_miku @Uroak_Miku

12)けれども日本の書きことばは西洋言語でいう過去時制のにおいが薄い。そこに西洋の小説の翻訳が試みられ、「~た」文が好んで使われた。今ではごくありふれた小説文体だけど、当時は超バタ臭く感じられたと想像します。

2016-09-23 23:08:21
uroak_miku @Uroak_Miku

13)「~た」を使っても、「神」の視線で物語るのは私たちにすればやはりどこかクサく感じられる。水くさく感じてしまう。それで、書き手の主観が混じってますよーとアピールするために「~たのである」とか「~たのだった」とか工夫したくなる。

2016-09-23 23:15:03
uroak_miku @Uroak_Miku

14)このジレンマを漱石は「~た」と「~る」を半々に使うことで処理した。例えば処女作『吾輩は猫である』冒頭を見てみましょう。

2016-09-23 23:19:14
uroak_miku @Uroak_Miku

15) >吾輩は猫である。名前はまだ無い。どこで生れたかとんと見当がつかぬ。何でも薄暗いじめじめした所でニャーニャー泣いていた事だけは記憶している。

2016-09-23 23:20:05
uroak_miku @Uroak_Miku

16)この後ようやく「~た」が出てくる。 >吾輩はここで始めて人間というものを見た。しかもあとで聞くとそれは書生という人間中で一番獰悪な種族であったそうだ。

2016-09-23 23:21:08
uroak_miku @Uroak_Miku

17) >この書生というのは時々我々を捕えて煮て食うという話である。しかしその当時は何という考もなかったから別段恐しいとも思わなかった。

2016-09-23 23:21:36
uroak_miku @Uroak_Miku

18)地の文が「~る」であることに注目してください。そこに「~た」がときどき混じるのです。

2016-09-23 23:22:44
uroak_miku @Uroak_Miku

19)『三四郎』の頃になると「~た」が地の文になる。そこに「~る」がときどき混じる様式になっていく。

2016-09-23 23:28:19
uroak_miku @Uroak_Miku

20)漱石の場合「~る」は副文的で、「~た」は主文的です。「前の席に座っていた男が三四郎に瓜を差し出してくる。三四郎は礼を言って、それからかじりついた」とか。この文は今私がこしらえてみました。漱石の文体を真似たものです。

2016-09-23 23:32:03

「~た」文は、江戸の話しことばです。当時の大衆向けの読み物(「浮世草子」と呼ばれた)に当たると会話文が出てきます。江戸の話しことばで書かれていて「~た」が連発。書きことばの「~たり」が簡略化されて話しことば化したものといわれています。これが明治になって文学言語(つまり書きことば)に昇格した。

uroak_miku @Uroak_Miku

21)「北京に行く前にデパートで買い物をした」と言うつもりで西洋人が「北京に行った前にデパートで買い物をした」と作文してしまうことがある。どうしてこんな奇妙な文を作ってしまうのかわかりますか。

2016-09-23 23:37:02
uroak_miku @Uroak_Miku

22)北京に行ったのは過去なのだから「北京に行った前に」でどうしていけないの?と聞き返されるでしょう。皆さんならどう説き伏せますか。

2016-09-23 23:39:49