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  • hillhamlet
    @zmzizm 昨日の「自称缶切りも缶切りでは」問題に対するロウの反論は以下です。「缶切り」の定義は、「缶を切るように意図されたもの(自称缶切り)」ではあり得ない。理由は以下。「缶切り」は作ろうと意図することのできるものである。
  • hillhamlet
    @zmzizm 「私は缶切りを作ろうと意図する」という文は妥当なので、もし缶切りの定義がそれなら「私は缶を切るように意図されたものを作ろうと意図する」も妥当な文になるはずである。しかし、その文の内容は理解不能である。よって「缶を切るように意図されたもの」は缶切りの定義ではない。
  • zmzizm
    @hillhamlet ん、その論法がいみふなんすけど… いま原文よめないのであれだけど、その説明みるかぎり疑問がふたつ
  • pubkugyo
    「pするようにという意図のもとにできあがるものを,作ろうと意図する」のは理解可能な文だよなと思うが,これが理解可能になるには,意図するだけでは(ふつう)ものはできあがらないという,(当然の)前提が必要になるのではないか.
  • hillhamlet
    @pubkugyo Roweによると「pするようにという意図のもとにできあがるものを、作ろうと意図する」ことは成功と失敗が不明確で、成功と失敗が不明確ならばそもそも意図がなかったことになり、そのようなものを作ろうとは意図できない、そうです。http://bit.ly/gWlDPo
  • pubkugyo
    @hillhamlet ありがとうございます.Roweの議論よくわかります.「とんちんかんなやりかたをしてたたけど,確かにあのとき缶を切るものを作ろうとしてた(意図してた)んだ」ってのは理解可能な文ですよね.そしてそういうときできたものは缶切りとは呼ばれない.
  • hillhamlet
    @pubkugyo そうですね。それは自称缶切り(原文だと'would-be tin-opener') として二次的な存在に位置付けられるのでしょうね。「Pするように意図されたものを作ろうと意図する」ことは頑張ればできそうな気もするんですけどね・・・。設計図をみて作る場合、とか。
  • pubkugyo
    @hillhamlet 「Pするように意図されたものを作ろうと意図する」ことはいつでもできると思いますが,「Pするようにと意図されたということが,そのできあがりの十分条件であるもの」を作ろうと意図することには,確かに成功も失敗もないだろう,と思われます.
  • hillhamlet
    @pubkugyo 個人的にはアプリオリに成功してしまい、決して失敗できない意図があっても問題ないと思うのですが、そのあたりがRoweに全面的に同意できない理由の一つだったりしています。
  • zmzizm
    @hillhamlet あんま考えずに言うと: (1) 意図による定義を全面的に拒否ってるってことでいいのかな (2) ロウの論法を採用すると、ロウ自身が支持する意図かつ機能による定義にもはねかえってきそうな気がするんだけど(んで結果として、たんなる機能による定義になるんでは)
  • hillhamlet
    @zmzizm そこは僕も同じように思ったところで、意図なくして機能なしの「缶切りとして使われたもの」も缶切りとしてしまえば何も問題ないと思うのです。
  • hillhamlet
    @zmzizm おそらくロウは芸術を人工物に限りたいという下心があって意図を必要条件に加えているのではないかと推察するのですが・・・
  • zmzizm
    @hillhamlet いや主張はわかるんだけど論法がびみょうなのではっていう
  • zmzizm
    ロウの論法にしたがうと、「P iff 機能Fを持つものを作ろうという意図のもと作られた、機能Fを持つもの」っていう定義も「機能Fを持つものを作ろうという意図の産物を作ろうと意図する」が意味不明だからだめってことになるのではないの
  • hillhamlet
    @zmzizm 「『機能Fを持つものを作ろうという意図の産物であり機能Fを持つもの』作ろうと意図する」なら大丈夫なのではないですか?
  • zmzizm
    @hillhamlet 「『Aであるものを意図して作る』はむりだけど『AかつBであるものを意図して作る』はいける」はだいじょうぶではないと思う(手前の「Aであるものを意図して作る」が「AでありかつBでないものを意図して作る」を意味しないかぎり(でふつうに考えて意味してない))
  • zmzizm
    んで「P iff Pを作ろうという意図のもと作られた、機能Fを持つもの」みたいな言いかたが有意味であるためには、歴史的定義みたいに特定の時点持ち込むか、手前のPを価値的、うしろのPを分類的みたいな用法の区別を持ち込むかしないといけない気がする
  • hillhamlet
    @zmzizm 前のP(缶切り)と、後ろのP(缶を切るためのもの)は同じではなくて、違うものです。
  • zmzizm
    @hillhamlet うしろを「缶を切るためのもの」みたいな機能にすると、http://twitter.com/zmzizm/status/63244558519111680 になるから、それを回避するべく「缶を切るためのもの」を「缶切り」に変えたらこうなるよって話
  • hillhamlet
    「『缶切り』と『缶を切るように意図されたもの』は同値ではない」と「『缶切り』と『缶を切るように意図して製作され、かつ、缶を切ることのできるもの』は同値である」は、とりあえず矛盾しない。
  • hillhamlet
    @zmzizm たしかにそれを斥けるのは難しそうですね。すると「『Aであるものを意図して作る』はむり」が妥当でなくなるか、自分の主張にもはね返るかのどちらかにならざるを得ないので、やはりロウは意図を排した機能主義になる必要があるのかもしれません。
  • pubkugyo
    うーんわからん.「ある意図の産物」と「ある意図の存在をできあがりの十分条件とするもの」とはぜんぜん違いますよね.「鍋で煮て作るもの」が,「鍋で煮るだけでできるもの」であるとは限らない.
  • zmzizm
    @pubkugyo 《そのものの原因を述べることはそのものの定義である》という観点をとり、かつ、その原因がそのものができるために十分な原因である場合は、「鍋で煮て作るもの」は「鍋で煮て作られることを十分条件とするもの」と同じと言える思います。意図まぜるとまた複雑になりそうですけど
  • zmzizm
    鶏と卵は両方とも発生的定義だからぐるぐるする(んで発生的定義であるかぎりぐるぐるしててもとくに問題ない)
  • zmzizm
    「あるものを作ろうと意図して作る」でややこしそうなのは、「意図」の中にできあがり図だけじゃなくて、そこにいたる過程ないし手段もあるていど含まれてることがよくあるって点
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