• 2011/05/22 03:25:22
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    末の松山 波も越えなむ

    百人一首「契りきなかたみに袖をしぼりつつ末の松山波越さじとは」のもととなった古今集「君をおきてあだし心を我がもたば末の松山波も越えなむ」は千年前の貞観地震による大津波を背景にしているそうです。その大津波も越さなかったとされる末の松山(多賀城市の史跡)のいまについてのツイート
    by mohri
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  • kumagai_yutaka
    末の松山は何とか無事でした。しかし、末の松山を波はこえてしまいました・・・。
  • tomoyastkhs
    末の松山からツイート。沖ノ石はすっぽり波に浸かりましたが、末の松山を、波は越えませんでした。沖ノ石は車、タイヤ、ゴミだらけでした。 写真の向こう側も同様。 http://t.co/fNarHoo
  • inosenaoki
    百人一首「契(ちぎ)りきな かたみに袖を しぼりつつ 末の松山 浪越さじとは」の深い意味をわからずにいた。日本という島国の歴史はこんな風に文化として刻まれていたのだった。歌は男女の心変わりが主題。宮城・多賀城(歌枕で推定)の末の松山ならまさか津波は越えない…。
  • m_nakase
    百人一首の清原元輔「末の松原 浪越さじとは」  末の松原は、三陸海岸の(一説には多賀城辺り)松だそうです。 海岸の松を決して波が越すことはないごとく僕たちの思いも変わらないよ・・という歌ですが、軽々と越えてしまった。
  • Jun196607
    @m_nakase「多賀城」検索でこちらへ来ました。「末の松原」ではなく「末の松山」です。私の所から50歩ほどです。この松の木のある坂の途中で津波は止まりました。近くにいた誰かが「やっぱり末の松山は越さねんだなぁ」と言うのを6ヶ月前に買った新車が水没するのを見ながら聞いてました。
  • paplal
    今回の津波、末の松山を「波が越えた」という表現を時々目にしますが、今後の誤解を避けるためにも正確に押さえておきたいと思います。貞観津波の時も、それ以降も、今回も“末の松山自体は浪を被ってはいません”(丘下周縁は“浸水”してしまいましたが)。
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