ついに決定!第2回トゥギャッターまとめまとめ!2月25日開催!
  • _kokone
    超電磁砲第10話をみた。固法のPCに"outel outside"のロゴが。outel入ってない……処理装置が外部化されている……つまりネットワークか!w
  • _kokone
    黒子の携帯はやたら小さいけれど操作はどうするのだろうと思っていたら、電子ペーパーのようなものを引き出して使うのか。これはかっこいい。
  • _kokone
    美琴は佐天を「ハードルの前で立ち止まっちゃう人」と位置づけているけれど、違うように思う。佐天の前にはハードルすらないというのが本当ではないか。障害走を走っていない。それでも「参加」はしている。いわば出番の回ってくることのない補欠選手。そして彼女は正選手になろうとステロイドを使う。
  • totinohana
    @_kokone 10話未見なのですが、ここまで視聴してきた記憶をざっと浚って見ると、びっくりするくらい「競争相手」がいなかったんですよね、佐天さん。本当に他の能力者と同じゲームをしているとは思えないし、実は他の学園都市の生徒も何らかの“ズル”で漸くそのように可視化されるような。
  • totinohana
    そのように、というのは「侵犯行為によって初めてゲームの参加者に見える」という意味。
  • _kokone
    @totinohana 同感です。そして、佐天には学園都市の能力レベルの尺度では測れない「力」があると思うのです。それが初春の観病の場面で描かれていた。
  • wtnbhrt
    @_kokone 佐天さんの「力」はきっちりフラッシュバックで描かれていましたね。しかも視聴者や神の視点ではなくて「初春の心象」として。
  • totinohana
    @_kokone 何か制作上の方針のようなものさえ感じるのですが、本作では「高レベル能力者」か「違法能力者」以外、謳われているような「能力者」が想起される人物描写が無かったような気がします。その結集する意味でも、9話は「マジョリティ・リポート」だったのではないかと思うのですね。
  • _kokone
    @wtnbhrt 美琴の反省にしろ、バスの中での初春のフラッシュバックにしろ、佐天のことを「思い出す」話でもあるわけですね。しかし時すでに遅し、という。むしろ後の祭りとなってはじめて気づくことができる。学園都市での佐天の立場を象徴しているといえるかもしれません。
  • totinohana
    例外は2話の“身体能力”測定くらいか。名前があるキャラはどうだったかな?しかし生徒一般から視聴者が何らかの能力イメージを引き出せるようになる風には強調されていないよなあ、アレは…
  • totinohana
    大体ふつうに考えればだね、何で能力の映像イメージが流通していないんだ?あの街は。統御するため、変な気心を起こさせないためか?それはともかく、本作内に環境描写として見られないのはどうしたわけだろう…
  • wtnbhrt
    @_kokone その象徴は佐天の立場=「マジョリティ」(マジョリティリポート/サイレントマジョリティ)に繋がってるわけですね。彼女らは学園都市そのものを科学的にモデリングするアイコン群なんでしょうね。/そうとはいえ物語として美琴が前回の「失言」を回収する丁寧さは感動しました。
  • _kokone
    @totinohana 初春や固法がいるにせよ、例がわりと極端な感はありますね。あの学園都市では能力者が多数派であるはずですが、一般人の日常的な能力行使という「大衆」的描写よりも、(良くも悪くも)「エリート」な人々の話ばかりですね。
  • _kokone
    @wtnbhrt 佐天は学園都市ではむしろマイノリティなのでは?
  • wtnbhrt
    @_kokone 学園都市では能力のない=レベルゼロ(厳密にゼロではなく小数点以下)が6割らしいです。アニメ作中では説明されていないですが。
  • _kokone
    @wtnbhrt そうなんですか。てっきりレベル0は少数派の爪弾き者だとばかり…。そして「小数点」という概念があったんですね。レベル0とレベル1の間には(それこそレベルアッパーのようなチートを使わないかぎり超えられない)無限の壁があるように思っていました。
  • totinohana
    @_kokone そう、「極端」なんです(少なくともアニメ版では)。画にならない、などといった制作の意図なんて分かりはしませんが、例えばこの「能力描写」の特権性が6割のレベルゼロに(視聴者に)イメージとして共有されているなら、多数派は同時に“少数派予備軍”でしょう。
  • wtnbhrt
    たしかに作中においてレベル0は「マイノリティ」で高レベル者こそが「マジョリティ」だ。だからこそ逆説的に佐天さんが「主役」足り得るわけだし本質的な判官贔屓的要素もあって巷では人気になるわけか。
  • _kokone
    佐天は能力から疎外されているけれど、同時に、能力へと疎外されている。
  • _kokone
    佐天は二重三重の疎外にさらされている。4人組の仲間から、学園都市のレベル社会から、母親の心配を押し切ってまで学園都市にやってきた自分の夢・希望から。そこに通底するのは「能力」の二文字。いうなれば、能力がない彼女にこそ、逆説的に能力が全てになっている。
  • _kokone
    佐天が能力から疎外されていることの背後には、彼女が能力《へと》疎外されている、ということがある。彼女は能力を追い求めるあまり「自己」を見失い、レベルアッパーに手を染め、結果昏睡し、文字通り自己を失う。
  • _kokone
    @totinohana マイノリティ/マジョリティという対立をエリート/マジョリティにズラしたほうが事態を正確に把握できそうです。マイノリティというと抑圧されている印象がありますが(だから単純に無能力者=マイノリティと連想してしまっていたのですが)、→
  • _kokone
    @totinohana →無能力者の方が多数派ということになると、見方をかえないといけません。
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