• 2010/05/08 11:00:25
    +

    『存在論的、郵便的』2010年再評価の視座

    @t_hayashi さまによる「ゲーデル的脱構築」(東浩紀『存在論的、郵便的』新潮社,1998年)の検討が続く中、「いま、『存在論的、郵便的』を「90年代後半当時の批評」としてでなく「哲学論文」として真面目に批判してみることの意義が、ここ数日のあいだ論じられていました(主な参加者は@fm_tw, @t_hayashi, @tricken, @tubuyakukj (以上敬称略)です)。

    わたし自身は、お話しの中で貴重と思うところだけを抜き出してみました。後は、考察の内容を楽しみにするばかりです。
    by t_mutsumin
    31 fav 3305 view
    このエントリーをはてなブックマークに追加
  • t_hayashi
    ここで問題になるのは、言うまでもなく、ゲーデルは果たして「ロジカル・タイピングの無矛盾性を破る構造を発見した」か否か、です。
  • t_hayashi
    これは、端的に言って「まちがえ」としてかまわない部分であると思います。
  • t_hayashi
    まずは、『存在論的』の p. 235 にある、次の文言──「ハイデガーもゲーデルもともに、メタ/オブジェクトのレヴェル分け、いわゆる「ロジカル・タイピング」の無矛盾性を破る構造を発見した」
  • t_hayashi
    たしかに、ゲーデルは Gödel numbering という仕組みを考案することで、「メタ/オブジェクト」という区分けを「越える」ことを可能にした。つまり、オブジェクトレベルでメタなことを語ることを、可能にしたわけです。
  • t_hayashi
    ただし、そうすることでゲーデルが導き出したことは「無矛盾性を破る構造を発見した」というのとは、程遠い。
  • t_hayashi
    ここで、メタ/オブジェクトの垣根を「越境」することで「無矛盾性を破る」と言われてすぐさま想起されるのは、いわゆる「ラッセルのパラドクス」でしょう。
  • t_hayashi
    しかし、ゲーデル数化を用いた不完全性定理においてはいかなる意味でも、ラッセルのパラドクスにおいてみられたような「無矛盾性を破る」事態は、招致されてはいません
  • t_hayashi
    ゆえに、最大限好意的に解釈すれば、第2不完全性定理において示されたように、「ある体系自身の無矛盾性はその体系内では示され得ない」という意味で、「無矛盾であることの不確かさ」が言いたかった、とできるかもしれません。
  • t_hayashi
    また、よりプレインな解釈として、「この文は証明不可能である」という文が、ゲーデル数化によってオブジェクトレベルで示され、ゆえにパラドクスに陥る=無矛盾性が脅かされる、という筋書きが考えられるように思われますが、ゲーデルの取った道筋に従えば、そう解釈することには無理があります。
  • t_hayashi
    そもそも、ゲーデル数化で「この文は証明不可能である」ということが表現されるオブジェクトレベルでは、無矛盾性が前提とされているのですから。
  • t_hayashi
    ただ、東の件の文言の責を、ひとえに彼に帰するのは、それもまた無理があるように思えます。何となれば、先の文章でゲーデルについて言われたことは、ほとんど柄谷行人の『隠喩としての建築』からの引用とも言えるものだからです。
  • t_hayashi
    柄谷『隠喩としての建築』英訳 p.53 に、次のような文言があります──「型付けによって練り上げ直された系は、そもそもパラドクスを避けるために案出された。しかしゲーデルが証明したように、矛盾を回避しようという試みのたびに、そこにそもそも避けようとしていた矛盾が再出現するのだ」
  • t_hayashi
    ……とここまで書いたところで、PhD Comics の講演会に行く時間になってしまいました。とりあえず、件の柄谷の文章においては、「パラドクス paradox」「矛盾 contradiction」をほとんど等値してしまっているように見えるのが、かなりかなり問題です。
  • t_hayashi
    (が、それはたんに英訳の際に紛れ込んだミスかもしれないので、『隠喩としての建築』原本をお持ちの方は、確認していただけるとありがたいです。英訳では第1部第6章「自然数」という章です)
  • t_hayashi
    @tntb152958116 あ、いや、ぼくは林晋さんじゃないです! カナダの大学で数学の哲学および論理学を学ぶしがないいち博士課程学生にすぎないです!
  • t_hayashi
    @tubuyakukj 東さんが「パラドクス」と「矛盾」についてどう考えているかはぼくには判断できませんが、こと柄谷さんにかんしては、英訳だけを見ると、この区分けを混同しているように思えてなりません。
  • t_hayashi
    @tubuyakukj その批判が、「そもそもゲーデルは無矛盾性の破れを云々したことはない」というものであれば、オッケーです。そうではなく、そもそも「ゲーデルは無矛盾性の破れを云々した」という前提を共有してしまっていれば、いくらそれが批判であるとはいえ、アウトです。
  • t_hayashi
    @tubuyakukj 後者の場合、ふたつの誤謬をおかしていることになるのですから。つまり、1) ゲーデルがしたことにかんしてそもそも誤解しており、2) それがゆえに、ありもしない「仮想敵」を撃つという誤謬をしていることになります。
  • t_hayashi
    @tubuyakukj 「無矛盾性の破れ」というのは東さんの本にそのまま出てくる表現なのですが、ここで言われていることは、ある命題とその否定が考察されている系から出てきてしまう事態、あるいはそうなってしまう危惧が言われていると思います。
  • t_hayashi
    @tubuyakukj ただ、そのように解釈すると、「ゲーデル」の名のもとに言われているであろう不完全性定理の枠組みとは、整合しない。つまり、不完全性定理で考えられている系からはある命題とその否定はそもそも導出され得ないのです。
  • t_hayashi
    @tubuyakukj だから、最大限整合的に「無矛盾性の破れ」ということを解釈しようとすると、それは「ある系が無矛盾であることを証明しようとすることの不可能性」とでもなると思うのですが、この場合、そういう事態を果たして「無矛盾性の破れ」と言うのは、果たしてうまい言い方かどうか。
  • t_hayashi
    @tubuyakukj だから、どっちにせよ、ここでの「無矛盾性の破れ」という表現はうまくないなあ、と思うのです。
  • t_hayashi
    「ゲーデル問題」問題についての議論のためのまとめを、更新しました。とくに東浩紀『存在論的、郵便的』においてゲーデルあるいは不完全性定理がどのように書かれているかが、じっさいに本を持っている方の助けを借りて、まとめられています。http://bit.ly/9TYcJR
  • t_hayashi
    自分のために。1) 「ゲーデル問題」問題をめぐるそもそものやりとり→http://bit.ly/aDRxIx 2) そのまとめ→http://bit.ly/ciylO9 3) 「ゲーデル問題」問題をめぐる議論、について→http://bit.ly/97fEff
  • t_hayashi
    今日は、時間があれば、郵便本において「(あるタイプの)脱構築をゲーデル的と呼ぶことの正当性を与えるもの」として提示されているフッサール『幾何学の起源』のデリダの序論(ただし、仏語原版が手に入らなかったので、その英訳)を検討します。http://bit.ly/ar3jJ6
  • Content from Twitter

コメント

まとめを作成する