• h_ototake
    いいえ、否定はしません。ただ、そのときに「産む」決断をする方が少しでも増えるよう、今後も活動していけたらと思っています。 RT @4000004error: 最近は出産前に胎児に障害があるとわかると、産まない選択(中絶)をする親も多いですが、乙武さんとしてはそれを否定しますか?
  • h_ototake
    そんなふうに、おおらかに考えられる人が増えていくといいな。 RT @tanbuhi: 私は羊水検査もしませんでした。超音波検査で「指も5本ありますよ」といわれて、別に何本でもいいです!って言っちゃいました。そんなやつです。私。
  • h_ototake
    1.身体障害者本人が、みずからの障害をどう捉えるか。それは、親の態度が大きく影響するのではないかというのが、僕の持論。「こんな体に生んでしまって申し訳ない」と考える親のもとに生まれれば、きっと当人も「自分は不幸の身に生まれたのだ」と十字架を背負わされたかのような心持ちになる...
  • h_ototake
    2.逆に「別に指なんて何本だっていいわよ」という、おおらかな親のもとに生まれたら、おそらくみずからの境遇に悲観することなく、障害を重たい十字架と感じることなく生きていけるのではないか。少なくとも、僕はそういう親のもとに生まれ、みずからの障害をとくに悲観することなく生きてきた。
  • h_ototake
    3.もちろん、どちらが正しく、どちらが間違っているということはない。どちらも、わが子を愛しているからこその思いだと思うから。ただ、生まれつきの障害者のひとりとして言わせてもらうならば、後者のような親のもとで育てられたほうが、障害者本人にとっては「ラク」だろうなあと思う。
  • h_ototake
    4.障害児の親は、愛ゆえに、生まれたばかりのわが子に「不幸」の烙印を押してしまっていないだろうか。障害者として生きていくことは、本当に不幸なことなのか。はたまた障害と幸福には、何の相関関係もないのか。それは親ではなく、本人が生きていくなかで判断していくべきことだと思うのだ。
  • h_ototake
    5.もちろん、平坦な道でないことはわかっている。いじめ、差別、偏見――。障害者として生きていくには、まさに多くの「障害」が待ちかまえている。でも、健常者に生まれたからといって、幸せな人生を歩めるとはかぎらない。そして、障害者に生まれたからといって、不幸になるともかぎらない。
  • h_ototake
    6.つまり、生きてみなければ、その人の人生が不幸かどうかなんて、わからない。どんな苦しい境遇に生まれても、大逆転でHAPPYな人生を歩むことになるかもしれない。それなのに、生まれた時点で「この子は不幸だ」と決めつけてしまうのは、あまりにもったいない気がしてしまうのだ。
  • h_ototake
    7.と、僕がいくら言ったところで、やっぱり子どもを生み、育てていくのは親だ。その親が、羊水検査をした結果、「やはり、障害者としての人生は不幸にちがいない。だから、私たちは中絶する」という決断を下したならば、何も言うことはできない。口をはさむべきことじゃない。
  • h_ototake
    8.そこで、僕が何らかの役割を果たせたらと思っている。「乙武さんみたいに、幸せそうに生きている人もいるな」――お腹のなかの子に身体障害があるとわかっても、僕の生きる姿から「産む」決断をしてくださる方が、少しでも増えるように。僕がメディアに登場する理由の多くは、そこにある。
  • h_ototake
    9.もちろん、「やっぱり、障害者なんて産むんじゃなかった…」と後悔することのないような社会にしていくことも、僕が果たすべき役割のひとつだと思っている。でも、こればっかりは、一人じゃどうすることもできない。どうしても、みなさんの理解と手助けが必要です。大切な命を守っていくために。
  • h_ototake
    10.長文連投、失礼しました。「もしも、自分が障害のある子を授かったら」――そんな視点から、この駄文をお読みいただければ幸いです。最後に、障害の有無にかかわらず、ひとつひとつの命がすべて輝くものであってほしいと切に願って、この連続ツイートを終わらせていただきます。感謝。
  • h_ototake
    うん、最高にね(*^-')b RT @Oni_Giri_Kun: いま幸せですか?
  • Content from Twitter

コメント

  • taka02271964
    烙印を押されるってことは「憐れまれる」ってことなのよね。勝手に憐れむんじゃねえ!と思います。
  • tikuwa_ore
    乙武さんが云いたいのは「十人十色」って事じゃないかな。何でもかんでも健常者と障碍者で二分して、極論で考えるな、と。
  • kedamono
    ドキュメンタリーでダウン症の子供を持つ親御さんの「障害を持って可哀想ねって言われるけれど、どこが可哀想なの? この子はこんなに朗らかで、私たちは幸せよ」という言葉にはっとしました。
  • york2009
    RT @h_ototake: 1.身体障害者本人が、みずからの障害をどう捉えるか。それは、親の態度が大きく影響するのではないかというのが、僕の持論。「こんな体に生んでしまって申し訳ない」と考える親のもとに生まれれば、きっと当人も「自分は不幸の身に生まれたのだ」と十字架を背負わされたかのような心持ちになる...
  • neologcutter
    結果として「価値観も人それぞれで一意的に決めつけることではない」になる話なのに、やれ福島の人間の遺伝子はどうのこうのとか、生まれた子供に障害がとか、話したところで時間の無駄になるだけなんスよ。
  • Hagiasophia765
    二つの関係無い事象を一つにつなげて、さも正しい理屈ですよと見せるのは、最悪のペテン行為だ。感性や個性を受容する事と、リスクを押し付けるのは別問題。こういうまとめを、福島核災害に絡めるとか、ペテンもいいとこ。
  • syoyuri
    障害者を産んだことを後悔しない社会...心の問題だけではそれは実現しない。福島第一原発事故から七ヶ月。電動車いすで街のマンションに暮らす乙武さんは、「電気は足りている」と主張する人たちの声をどう考えているのだろうか。
  • hosokattawa
    出生前のわが子が、成人後に発症する致死性の遺伝病を持っていると分かったらどうするか、と考えたことがある。結論は、それを決めないまま出生前診断を受けさせてはいけないということ。
  • syoyuri
    乙武さんの「『不幸』の烙印を押さないで」の一連のツイートに非常に違和感を感じるのは、障害者を産んだことを後悔しない社会...という話の中に、経済的な問題への言及がなされないことだと思う。障害者として生きていく「障害」で経済的なものは大きいはずなのに。産む産まないの選択においても「生活水準維持のため子供の数を減らす」という行動は江戸時代から見られること。
  • Hagiasophia765
    http://twitter.com/#!/gasyuu01/status/122663491147538432 < 障害者問題と、経済問題は結局、生存権の一言でリンクする。そして、それを行うと失業者問題ともリンクする。だから、彼に障害者問題解決のために、どのような枠組みを作るつもりなのかを、ツィッターで彼に問いかけたが無反応だった。それが全てを物語っていると、現時点では考えている。
  • johnnn91
    家庭の経済問題は確かにそうですよねー。ペットと違って人に譲るとか保健所に持っていくとかあまつさえ捨てるだとかできないんだから、それが乙武さんのように金銭を得る手段を獲得できる子にならなくても、自分に万が一があってもフォローしてくれる寄り合いがあるのか、等々、色々な面で面倒を見きれるのかを考えた上で、それでも産むよ!と言える余裕のある方が多ければいいですね。ただ私個人としては、知的障害に関しては、きちんと周囲の人へ危害を加えたり、教員等による周辺の人間への逆差別が起こらないようフォローできるのか、親の資質も
  • johnnn91
    精査した上で、場合によっては「産まない説得」も必要なのではないかと思っています。ただその事の責を問われる人間が出る問題を、どう解決すればいいのかアイデアが出ないのですけど・・
  • toshi_fujiwara
    人間が本当に幸福になれるかどうかは、生まれつきよりもどう生きるかの問題だっていうことは絶対に忘れちゃいけないわけですよ。むろん他人が不幸な方が嬉しく思える、根っから不幸な生き方に囚われ病的な人ってのもいるわけですが。
  • toshi_fujiwara
    しかし乙武さんがなにかきちっとした正論を(たとえばこのまとめのように)書いたときに、必ず直接関係ない話を持ち出してはいちゃもんつける人が出て来るのは、やはり障害者が惨めで可哀想で自分たちより劣った憐憫の対象でないとムカつく差別意識に囚われてるんだろうなぁ。だからこそ乙武さんには「生意気」にどんどん正論を述べて欲しいと思う。
まとめを作成する