• saijotakeo
    「めんどくさい人論」の続き。では、そもそも「めんどくさい」とは何か。僕らは自分が好きな(関心のある)仕事をしているとき、大変だといっても、めんどくさいとはいわない。「めんどくさい」という感覚とは、関心のない事柄に関わらなければいけないときに生じることがわかる。
  • saijotakeo
    だからめんどくさがりの人は関心領域が狭い、ということもできる(←自分はこれ)。逆に何にでも関心をもてる人は、めんどくさい事柄は少ないことになる。
  • saijotakeo
    関心対象はなんであれ、自分が前に進むことにエネルギーを注いでいるとき、それはいくら大変でも、めんどくさくはない。僕は自分が書きたい本を書いているとき大変だと思うことはいくらでもあるけど、めんどくさいとおもったことはない。逆に事務手続きとかはいつもめんどくさいと思ってしまう。
  • saijotakeo
    組織等において、ある人に対して「めんどくさい」と思うときには、(事実かどうかは別として)その人によって前に進むことにエネルギーを割けなくなっており、関心のない、ときに不毛とも感じることにエネルギーを割かれている。そういう状況において「めんどくさい人」は立ち現れる。
  • saijotakeo
    だから原理上、「めんどくさい人をどうにかしたい」ことに関心がある人は、めんどくさい人のことを、一般的にめんどくさい人だと認識していても、本当にめんどくさいとは思わない、ということになる。
  • saijotakeo
    実際に、一般的に「めんどくさい」とされる女性/男性ばかりを好きになる人は散見される。そういう人は世間的には「見る目がない」とかいわれるし、それもある関心からは間違ってはいないが、そういう人たちの愛によって自己肯定感が満たされて救われる人は一定割合以上いる、ということもある。
  • saijotakeo
    それでも「程度の問題」ということもあり、実際「めんどくさい人をどうにかしたい」という関心を持っている人は少なくないが、「本当にめんどくさすぎる人」には関心がある人は、かなり少ない気がする。
  • saijotakeo
    ところで、なぜ哲学者が一般的に「めんどくさい」と思われがちかといえば、ふつうの人が関心をもたないことに関心をもって(たとえば「存在とは何か」とか「実存とは何か」とか)、それについてずっとあーだこーだ考え続けて持論を展開したりするからだと思われる(それだけじゃないとは思うけども)。
  • saijotakeo
    いわば、ふつうの人がふつうに呼吸できるところを、自分なりに納得のいく呼吸の仕方を開発しないと、どうにも居心地悪くて、必死に呼吸の仕方を探す。そういう人が哲学に関心をもつ、といってもよいかもしれない。だからふつうの人からすると、「ふつうに息すりゃいいじゃん、めんどくさい」となる。
  • saijotakeo
    ところがそういう「不器用な人」こそが、哲学の歴史を切り開いてきた、というところがある。ふつうの人がすっとばしてしまうところにひっかかり、問題の上流で解決法を見いだした人が、あらゆる下流で問題になることに対して原理的な解決をもたらす、という形で、大局的にみれば哲学は進歩してきた。
  • saijotakeo
    だからいわゆる「哲学者」には一般的にいって「めんどくさい人」と思われるが多い(自分も含め)。僕も自分のことを見事に棚にあげて、「めんどくせーやつらだなー」と思うことはある(笑)。でもどこか愛すべきめんどくささだ。前に進まなければいけないときは放置していくこともあるけども(笑)。
  • saijotakeo
    そもそもどこか欠けている人は、どこか突出した才能があることも多い(これをふんばろうのFBで書いたら「最高の自己弁護だ」とかむごいをコメントされたw)。だから「めんどくさいひと」は、ある観点からは、職人気質で天才的に卓越していたりすることも珍しくない(必ずしもイコールではないが)。
  • saijotakeo
    そういえば、震災のちょっと前まで、池田清彦先生と一緒に、めんどくさくて変種の、でもまっすぐな哲学徒を集めて「ネキダリス」という研究会をやっていたぐらいで、個人的には器用な人よりめんどくさい人が気になってしまう。とはいえ、めんどくさすぎるのはちょっとあれだけども(笑)。
  • saijotakeo
    ちなみに、被災地復興支援を「めんどくさい」と思う人は、広義の支援活動を実際にしている人の中にはいないはずです。それをめんどうくさいと思うひとは、そもそも支援や復興に関心がないためです。
  • saijotakeo
    そして、一概にはいえませんが、意外と超スマート&器用な人は復興支援には関心をもたないかも、と思うところもあります。「自分やその家族が幸せに生きれさえすればよい」と割り切れる人にとっては、遠方の被災された見知らぬ人々のために力を尽くすことは、器用さゆえに自然にスルーできるためです。
  • saijotakeo
    どこか不器用なところがあったり、そのためじゃなくても相当辛い経験を乗り越えてきたことがある人や、共感性が高くて他人事とは思えない人が懸命に支援活動をされている、という印象もあります。他人のために貴重なお金と時間を使う「敬愛すべき不器用な人」が、復興支援を支えてるのかもしれません。
  • saijotakeo
    素晴らしい。めんどくさい万歳!w RT @pon_39 今夜の西條先生@saijotakeoの「めんどくさい人論」続き、「めんどくさい」がたぶん27回。めんどくさいけど数えてしまった。
  • saijotakeo
    ところで、僕のアドレスを19000人以上がフォローしてくれているという事自体いつも「有り難いなあ」と思っています。というのも、これだけ復興支援のことばかりツイートしていたら、そこに関心がなければ「めんどくさい」と思ってアンフォローするからです(実際早々な人がそうしているはず)
  • saijotakeo
    僕は今の段階では、まずは地に足つけて自分の足下しっかりさせることが持続的な支援に必要と思っています。ただ、善し悪しは別として、震災直後は我が身を省みない「不器用な人」がいたからこそ、救われた人たちがたくさんいたのは確かだと思っています。@alice_hyde_666
  • saijotakeo
    心理学や哲学の話に関心を持ってくれる人が多いみたいなので、たまにMBAの「組織心理学」や「組織と哲学」の講義でも話すことを連続ツイートしていこうかと思います。たとえば「嫉妬とは何か?その構造と対策は?」「自己肯定感をあげる方法とは?」とか。基本講義で話した後になりますがw
  • saijotakeo
    めんどくささを受容する女性性と、めんどくさすぎる人を甘やかさない=暴走を止める男性性の双方を同時に持つことが必要かもしれません。@CAPPAYA 自分は結構めんどくさいことが好きなんだなぁと、諦める気持ちになったw「続・めんどくさい人論」 http://t.co/Gi8Y9BJa
  • saijotakeo
    というより、それ自体は根本原理ではなく、「めんどくさい原理」に照らして、哲学者にめんどくさいと思われる人が多いのはなぜなのか、ということを語ったつもりです^^ RT @minamayachin 西條先生が「哲学にめんどくさい人」というのも根本原理なのでしょうか?
  • saijotakeo
    僕はそれらは正反対というより、X軸、Y軸のように異なる軸で、それゆえ実際両方高いひとがいるんだと思っています。@akiakifuzi 納得です。ですが、難しい事です。正反対だと思うから。RT めんどくささを受容する女性性と、めんどくさすぎる人の暴走を止める男性性の双方を同時に持つ
  • saijotakeo
    なお哲学は難問に対して深く強く考えるための「方法」を編み出してきました。『よい教育とは何か:構造構成主義研究5』はまさにそうした難問に原理的な回答を示しています。4月に公刊したのですが震災のためすっかりふっとんでました。関心のある方はぜひ→http://t.co/x4jhEBwA
  • Content from Twitter

コメント

  • cibo17
    私は面倒くさい人間だが、有能ではない。突出した何かを持ってる訳でもない。すみません。
  • Neko_Sencho
    めんどくさいって、単に「自分と合わない」なんじゃないかねえ すげえ有能だったり、人付き合いよかったり、優しくて気配りの人だったりしても、やっぱりめんどくさい人はいるしさ
  • oh_ksk
    私のバイタリティを削ったあの人は、いわゆる面倒くさすぎる人だったのだな。
まとめを作成する