• nied_inok
    日本テレビ、バンキシャで津波被災地の遺構を記念として残すか否かの賛否両論を報道。私は出来るだけ残していくべき派だ。それが災害の記憶を次代に残す最良の方法だと思うから。今の広島に原爆ドームが残っていなかったらどうなっているかを考えると明らかだと思う。将来の事も含めて考えるべき。
  • nied_inok
    災害の記憶を伝えるには、記念碑・慰霊碑、災害写真・映像、記録集など様々あり、それらはもちろん重要だが、それでも「実物」が訴える力は圧倒的にだと思う。雲仙普賢岳からの火砕流・土石流で埋まった家、野島断層など、やはり残して良かったと思う。
  • nied_inok
    @chizulabo 大野木庭小学校も残されていましたね。そういえば私は行っていませんが有珠山の噴火の跡も遺されている様で、火山関連が多い様に感じます。津波の被災跡もある一定の範囲を国で買い上げてそのまま残すくらいの取り組みも復旧・復興と合わせて取り組んで欲しかった。
  • chizulabo
    @kiarohi47 @nied_inok 私は大野木庭小学校がそのまま残されていたからこそ、あの災害の怖さを知りました。多くの人に知って欲しいと思います。知っていれば同じケースで必ず避難する結果につながると思います。
  • Bedamuni
    今月末に盛岡で開催される「いわて三陸ジオパーク震災復興シンポ」でも災害遺構の保存が重要なテーマの一つであるらしい。しかし、アチェやカオラック、プーケットの津波災害遺構を見ても、それだけでは津波の凄まじさを感じたり、防災意識が高まるようには思えない。何らかの「物語化」が必要だろう。
  • Bedamuni
    (承前)遺構の保存にしても、シチリア島のジベリーナのようなランドアートとして残すのも一案。単純に鉄骨が露出したビルや、横倒しになったビル、打ち上げられた船舶などをそのまま残せばいいというのは、短絡的ではないか。ジベリーナの例も、ある種の「物語化」とも理解できる。(続く)
  • Bedamuni
    (承前)私が注目しているのは陸前高田市で始まった「桜ライン311」プロジェクト。それぞれの思いを持って植えられた桜の木の成長を見つめ続け、春に咲いた花の下に集う。そこから多くのことが始まるように思える。
  • chizulabo
    人間どうしても直近の災害の印象が強くなるので、教訓も偏りがち。過去の災害事例を幅広く見ていくと色々な被災パターンがあることに気づく。過去に起こったことを知っておくのは大事。
  • usa_hakase
    東京新聞:「はまゆり」元の場所に 実物大模型町民が要望書:社会(TOKYO Web) http://t.co/1eRqMNOu
  • jdarchive
    桜が大きく育つころ は、被災地へ桜の木を植樹するプロジェクト、その名も『さくらプロジェクト3.11』のブログです。http://t.co/vacYjRiB
  • terumitsubeya
    今放送しているNスペに出ていらっしゃる畑村洋太郎氏は、最近出版された「巨大地震・巨大津波」(朝倉書店刊)の中で、「はまゆり号と民宿がジオパークとして最適ではないかと考えたが、残念ながら実現しなかった」と書かれている。(原発事故調査・検証委員会委員長になる前の執筆とのこと)
  • Bedamuni
    「災害の記憶」って多くの人が言っているが、それまでの生活が一変したことの衝撃であり、それにともなる様々な情動と生き方のことだとしたら、災害遺構を保存することで「災害の記憶」を伝える、というのはどこか違うように思える。
  • Bedamuni
    自分のFBからの転載→ 被災地では災害以前に人びとの生活の営みがあったことをも、記録として残し、想起のための資源とする取り組みを忘れてはならないだろう。災害で分断された時間の記憶を再び繋ぎとめる作業こそ、そこで生きていこうとしている人々にとってとても大切なことだと思う。
  • yamiramira
    たしかに、それもおっしゃる通りだと思います。ただ、50年、100年スパン(2・3世代変わる位)で考えた時、どうしても広島原爆ドームのような、衝撃的な負の遺構も、残しておく必要があるように私は思います。 RT @Bedamuni: 「災害の記憶」って多くの人が言っているが、それま…
  • yamiramira
    @Bedamuni その他、負の遺構とは違う形で記憶を遺そうとする活動としては、桜を植えて津波が来たラインを示そうとするプロジェクトを支持しています。
  • yamiramira
    また、これも大前提だと思います。地域の伝承や民俗行事、土地の記憶、それらがあったことを、ここですっかり忘れてしまってはいけないと思います。 RT @Bedamuni: …被災地では災害以前に人びとの生活の営みがあったことをも、記録として残し、想起のための資源とする取り組みを忘れ…
  • yamiramira
    @Bedamuni いきなり偉そうにすみません。残すもの、遺すもの、スケールや意味の違うものが、いろいろとあるように思います。女川町で災害遺構の保存が検討されているようなので、お金が工面できれば、自分で確かめて、また考えてみたいと思います。連続のメンション、失礼いたしました。。
  • Bedamuni
    @yamiramira 桜ライン311は陸前高田市の若い人たちが中心となって立ち上げたプロジェクトですね。人工物ではなく、桜という生物であり、それを見守っていくというところが素晴らしいと思います。
  • Bedamuni
    @yamiramira 災害遺構の保存自体を無意味とは思いません。ただ、どのように残して、どう活用するのかの議論があまりなされないまま、津波の威力を示すことだけに、現在のところ話が集中しているように思います。ランドアートという発想は一部の建築学者ではされているようですが。
  • hajimebs
    ハザードマップの「実空間化」のひとつの試み。津波到達位置に桜を植樹する取り組み「桜ライン311」http://t.co/sUhQVHID
  • hajimebs
    「1年に1度、劇的に咲く」という桜の特性は、「定期的に思い出しつつ継承する」には合うようだ。どう「行事化」するかも課題かもしれない。ユダヤ民族は過ぎ越しの祭りを3000年以上続けている。「桜ライン311」http://t.co/sUhQVHID
  • yamiramira
    ”宮城県南三陸町の町防災対策庁舎前で、腕組みをした男性が、骨組みだけの庁舎を見上げていた。町職員だった息子は庁舎の屋上で津波にのまれ、命を落とした。…「なぜ近くの高台に逃げられなかったのか。この建物を見るたびに悔しく、腹立たしくなる」。”http://t.co/UR0CEr9n
  • yamiramira
    遺構は何のために残すのだろう。研究材料か?津波の怖さを伝えるためか?津波が生き延びた教訓を伝えるためか?観光客を呼ぶためか?…知恵を出せばいろいろな手法はあるだろう。残すべき遺構の候補を暫定的に選び、5年後、改めて…結論を出すような方法が…http://t.co/cFJwgBEM
  • yamiramira
    女川で横倒しの建物を見た。緑の部分が屋上。鉄筋製の建造物が横倒しになるのは世界でも稀で、災害遺構として保存されるそうだ。奥に見える女川港は18.4mの津波を観測。撮影した町立病院は16mの高台にあるが駐車場の車が流された。 http://t.co/QZpjGaEK
  • nemototakako
    矢本町史(宮城県史だったか?)によると遠縁の神社には津波到達を記す石碑があったらしいけど、それもどこかにいってしまったんだろうなぁ。
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コメント

  • yamiramira
    わたしは、まだ一度も現地へ足を運んでいません。なので、これ以上のことはまだ言えないように思っています。被災された方々の生傷に触るようなデリケートな問題であることも承知です。でも、何らかの半永続的に残る”不動産物”を残していくことが必要なのは確かだと思います。だから、「どう残すか」、ということについて、丁寧な議論が必要なのだと思います。
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