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  • YasuharuNishi
    教育は生徒の内面や家庭環境にまで踏み込み、本質的な部分から変えていくべきだ、とする論調は正しいし、僕自身も可能な限りそうしている。一般的な他の教員よりもその度合いは大きいと思う。しかし成功確率は高いとは言えない難しい仕事だ。あらゆる教師にそれを期待するのは酷だ、と正直思う。
  • YasuharuNishi
    生徒の内面や家庭環境まで踏み込むというのは、教師自身が内面をさらけ出し、内面と向き合う作業を必ず伴う。これはすなわち、その生徒の教育に失敗した時に自分の内面を否定せざるをえない耐えがたい精神的な苦痛を伴うことを意味する。
  • YasuharuNishi
    1人の教師が数百人の生徒を教えなくてはいけないというこの世界の産業構造で、そして精神の崩壊した教師に対するケアが全くない制度において、そこまで生徒の内面や家庭環境に踏み込まなくてはいけないのか。踏み込まない教師に資格や矜持を問うべきなのか。
  • YasuharuNishi
    結局のところ、信念が無ければ(良い)教師は務まらないし、好きで無ければ教師などできない。しかし、信念や好きかどうかは評価される制度になっていない。そこが問題だ。
  • YasuharuNishi
    翻って、我々のソフトウェア業界を考えてみよう。最近のいくつかの論調に代表されるように、スキルを高めてちゃんとしたソフトウェアを開発するには、ソフトウェアが好きでなくてはならないし、自分の仕事のアウトプットに対する信念が重要となる。プロセスや資格ではない。
  • YasuharuNishi
    しかし、好きかどうかや信念の有無は短期的な評価に反映されにくい。すなわち、多重下請け構造における単価には反映されにくい。多重下請け構造というのは、目に見えやすい基準による評価制度を促進する。経験年数、経験ドメイン、開発言語、資格。
  • YasuharuNishi
    元請けは単価を重視する。市場原理として当然だ。しかし、(不況やオフショアで)あまりにも単価重視的風潮が高まった結果、市場全体が短期的な評価によって左右されてしまうようになったことに気づいている人は多くない。だから、開発を好きでも何でもない、信念のカケラもないエンジニアが増える。
  • YasuharuNishi
    そうしたエンジニアが、Excelで労務管理だけを行ったり、詳細設計仕様書をプログラミング言語に翻訳するだけ、テストケースをコピペするだけの仕事をしたりする。業界全体のスキルは下がり、矜持は堕落し、品質や生産性は悪化しコストは上がり利益は下がり、良い学生は就職を避ける。悪循環だ。
  • YasuharuNishi
    だからといって、今さら高度成長期のような長期雇用・正社員重視にはきっと戻れない。坂の上の雲にあこがれるのは、老い先短い爺さんたちの単なる懐古主義でしかない。
  • YasuharuNishi
    必要なのは、元請けがきちんと信念の有無や好きかどうか、組織としての文化の醸成をきちんと評価することだ。簡単な作業では無い。しかし、きちんと協力会社とつきあえば、必ず見えてくる。そしてその工夫を、私のような立場の人間が聞いて整理して説いて回るのが重要なのだと思う。
  • YasuharuNishi
    自分の所属する会社やソフトウェア業界そのものを嫌いな人は(基本的に)いないと仮定する。しかしこの業界の悪癖が直らないのは、どうすればよいかを知らないからだし、本当に直せるかどうかを信じられないからだと思う。
  • YasuharuNishi
    もしそうであれば、どうすればよいかを提示し、実際の成功例を見せれば、悪癖から脱するきっかけになるのではないか、などと青臭く思っていたりする。きっかけがあり、一度転がり始めた勢いを倍加する仕組みがあれば、日本のソフトウェア業界は世界に冠たる産業になれるはずだ。
  • YasuharuNishi
    この業界に絶望するのは、死ぬときでよい。いや、死ぬときですら、自分の力不足だったと信じたい。日本のソフトウェア業界の力は、こんなものじゃないはずだ。日本のソフトウェア産業は世界一だと、胸を張りたい。
  • YasuharuNishi
    とまぁ、インドのムンバイで欧米やアジアアフリカ南米の人たちと議論していて思うわけです。青臭い連続ツイート失礼しました。 m(_)m
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