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    さて、人が少ない今の時間帯に、「東京ゴミ戦争 高井戸住民の記録」http://t.co/MWRT7bbz http://t.co/BMlWQ2Cq のはじめにの部分をめんめんとつぶやくことにしよう。
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    これは昭和58年11月に住民グループのみなさんがこれまでの活動の総括としてまとめた本で、卒業論文に近い(ボリュームとしては博士論文?)ものかもしれない。
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    そして「はじめに」の部分が、ごみ処理施設と住民参加をめぐる問題を考える上で非常に普遍的な内容になっている。
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    はじめに 武蔵野市の井の頭公園を水源にもつ神田川の流域に、高井戸東遺跡が発見されました。この遺跡は東京都が杉並清掃工場を杉並区高井戸三丁目に建設することから、この予定地内に遺跡が埋蔵されているのではないか、との疑問が生じて、調査の結果発見されたものであります。
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    だからどうしてこんなぴったりの画像さがしてくるんですかwww かわいいなこのやろう。@pinpon_2011 はこだけ? http://t.co/yGHFxkfS
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    出土した多くの遺物や構造物の中には先住民の生活の跡が歴然として残されており、特に二万数千年以前と言われる先土器は、日本国内でも貴重な資料として保存されておりますが、かつて神田川の清冷な水を飲み、魚をとって暮らしていた先住民の楽園に、今や白亜の巨大な煙突を備えた清掃工場が建ちました
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    何千年、何万年と言う時間は人間の生活様式やその手段を淘汰しながら、コンピュータの時代へと進化してまいりましたが、人間の生活の中での廃棄物や排せつ物はたとえ歓迎されない存在であっても、人間の生存とは切っても切り離せない関係にあることは言うまでもありません。
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    人口が増加するに従い、特に都市にあっては大量に生み出されるこれ等の廃棄物や排泄物を、人々の日常生活や、経済活動に支障がないよう、いかに衛生的で円滑に、かつ安全に処理して行くかが、行政上の重要な課題となり、近代都市の基本的要件となって、その対策に多くの努力が払われてきています。
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    東京都におけるゴミ焼却計画は、古くは明治時代にさかのぼりますが、第一号焼却工場が完成したのは大正十三年のことで、降って昭和十四年には東京全市を放射線状に九分割して、それぞれの区画に焼却工場を建設する事業決定が行われています。
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    この決定は当時としては長期的展望に立った画期的決定であったと思われます。
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    しかし、これらの建設計画は、当時の清掃業務が社会的に地位が低かったために、各地で住民の反対にあい、ごく一部の用地を買収しただけで、戦争のため中断されました。
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    第二次大戦が終わって昭和二十六年に発足した首都建設委員会は、戦争で中断していた焼却工場の建設を都市計画事業として復活、5か年計画で推進することになりましたが、実施については遅々として進まず、期間中に完成したのは千歳工場一カ所にすぎません。
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    しかしながら、一方において日本の経済は戦後の目覚ましい復興から更に高度成長期に入り、大量生産、大量消費で経済基盤の拡大が測られました。高度経済成長は人々の生活を豊かにした反面、重大な構造的ひずみを生みだしました。
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    即ち産業面では有機水銀による「水俣病」、カドミウムによる「イタイイタイ病」、排ガスによる「喘息」等の産業公害がつぎつぎ問題化し、
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    清掃事業面では塩化ビニール系物質の増加によるゴミ質の変化に加え、”消費は美徳”の使い捨て時代の風潮に加速されて廃棄物が多様に増大し、爆発的なゴミラッシュを迎えることとなりました。
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    また、一方では道路交通行政の立ち遅れから、交通戦争が激化し、”清掃事業は運搬業”であるとした当局にとって悪戦苦闘の後追い行政を余儀なくされ、パンク寸前の状態が続いておりました。
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    杉並清掃工場の建設計画は、こうした差し迫った事態の下で、革新に触れる多くの重大な問題を隠蔽したまま、突如として高井戸地区への建設を発表したものであります。
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    この年、昭和四十一年十一月から足掛け九年間に及ぶ行政当局と地元住民の熾烈な戦となり、さらにゴミの埋立処理に関連して、江東区の住民が加わることによっていよいよ全都的な全面戦争の危機となったため、美濃部知事はついに「東京ゴミ戦争」を宣言いたしました。
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    「東京ゴミ戦争」の焦点として、全国的に耳目を集めた杉並清掃工場問題は、単に清掃工場を作ることだけに地元住民の反対があったわけではありません。
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    それは、住民の自衛問題から、行政当局の体質改善を求め、民主主義のルールについて、さらには、住民と行政双方のゴミに対する認識、対策、研究の不足などに対する問題を提議したものであります。
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    美濃部知事はゴミ戦争の三つの本質として、1.市民優先の都市改造が出来るかどうか。2.市民参加ができるかどうか。3.根強い官僚主義を打ち破ることができるか。を挙げました。
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    多くの波乱と曲折を経て、最終的には、反対期成同盟と東京都は、東京地方裁判所の和解勧告に応じることとなりました。
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    直ちに”和解に関する協議会”が設けられ、約半年間にわたる協議の結果、国の環境基準をはるかに上回る厳しい公害規制値をはじめとして、工場の計画と運営について、利便施設についてなど、すべて住民参加方式による和解条項を双方確認して、長い戦の幕を閉じました。
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    和解担当の裁判長の言葉にも、”長い時間をかけて白黒つけても本当の解決にはならない”とあったように、火種の全てが解決したわけではなく、特に生活文化の変化が激しい中で、多くの都市問題を含めて前車の轍をふむことないよう、調和のとれた都市整備が円滑に強く念じて止みません。
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    本書は杉並清掃工場問題をふり返って「ゴミ戦争」を中心にその前後の歴史的経過についてご理解を賜り、今後の参考にしていただくために、本財団は記念事業の一環として編纂いたしました。執筆にあたっては多くの報道資料、その他を参照し、引用させていただきました。 昭和五十八年十一月一日
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