• hkohno_abbr
    うーむ。プレゼンは解りやすいが、ダイアグラマティックすぎ? 都市軸とあわせて軸を振るとか我々の学生時分(20年以上前)に流行った話みたいでOMA本領発揮という感じがしないが [仏・ーンの新図書館設計コンペ 勝利案byOMA ]http://vimeo.com/14854473
  • Ko_Nakamura
    歩きながら思ったこと。レムが本当は「いや〜やっぱ金だよね今はさ、資本主義の波をサーフィンなんてね!えぇ?まだシニカルとか言われてんの?勘弁してよね〜、一緒に稼いじゃいましょうよ」とかいう人だったらここまでリスペクトされてないだろうなぁと。
  • Ko_Nakamura
    注:今日のTLを追ってみて考えたことを原型わからないほどに歪めた感想ですw
  • hkohno_abbr
    当たり前ですが、BIGとか支持する連中はその辺り誤解してそう RT @Ko_Nakamura レムが本当は「いや〜やっぱ金だよね・・・まだシニカルとか言われてんの?勘弁してよね〜、一緒に稼いじゃいましょうよ」とかいう人だったらここまでリスペクトされてない
  • Ko_Nakamura
    @hkohno_abbr あ、、BIGに関しては別の文脈的に面白いとか思っちゃう楽観的な自分もいるんですけどね、、、その辺態度保留ということで笑。
  • hkohno_abbr
    @Ko_Nakamura ギーク文化論的にですねw 了解です(了解としていいのか保留)。
  • Ko_Nakamura
    なんかそういうの古い、ガンガンやったもの勝ちとか思っちゃう時代なのかもしれないけど、やはり(広い意味で)ものを作る人の理論と転がして儲けようとする人の理論って違いますよね。ってことを改めて感じますた。
  • Ko_Nakamura
    資本主義批判、金転がして稼いじゃう人への批判を芸術家・音楽家・建築家・その他ハードコアめの「ものを作る人たち」はしてきたわけだけど、レムらの資本主義に乗っかってみましょうよ的スタンスはスタンスこそ新しかったものの概念は共通。
  • hkohno_abbr
    違うはずなのだけれど、転がしてる連中はその仕組みを外へは見せようとはしない(そこがレムでいえば批評の対象)。逆に、(特に日本では)作る側の貧乏を美学化しがち。かなと。RT @Ko_Nakamura・・・やはり(広い意味で)ものを作る人の理論と転がして儲けようとする人の理論って
  • Ko_Nakamura
    なるほど! RT @hkohno_abbr 転がしてる連中はその仕組みを外へは見せようとはしない(そこがレムでいえば批評の対象)。逆に、(特に日本では)作る側の貧乏を美学化しがち。RT @Ko_Nakamura(広い意味で)ものを作る人の理論と転がして儲けようとする人の理論
  • kadowaki_kozo
    伝説のように語られるその解釈って、具体的にはコールハースのどんな言説や手法を指していうのでしょう?RT @Ko_Nakamura: レムらの資本主義に乗っかってみましょうよ的スタンス
  • siskw
    @kadowaki_kozo 個人的には、シアトルの図書館などに見られる、用途の要求をダイアグラム化して建築コンセプトや形態を説明しているように見せかけている手法や、住宅Y2Kをコンサートホールであるカーサダムジカに形態そのまま応用してしまうような手法だと思いまする。
  • Ko_Nakamura
    鋭いツッコミがキマシタ汗。デリNYプログラムを重視、AMO設立+研究活動とか…? RT @kadowaki_kozo 伝説のように語られるその解釈って、具体的にはコールハースのどんな言説や手法を指していうのでしょう?RT @Ko_Nakamura: レムらの資本主義
  • Ko_Nakamura
    サーフィンは彼自身の言葉だったような。研究対象がNY→香港→シンガポ→中国→商業→ラゴス→ドバイみたいな所も彼の思考を表していると言えるとは思いますけど。 >@kadowaki_kozo
  • hkohno_abbr
    バータにみられるような経済原則主導の論理に一見沿った形態という点でもそうだし、デリリアスNYでの分析のような「ありえないプログラムの組合せ」に構成のヒントを得てるところなどもそうですよね RT @siskw .@kadowaki_kozo
  • hkohno_abbr
    「マンハッタン・グリッド」の比喩が一番解りやすいかも。いまどき中国あたりでリテラルにやってる日本の建築家がいるけれど。コロニアル・スタイルといって張りぼて作ってるのと変わらない。(資本主義に「乗っかって」るかもしれないけれど、批評性無し)。
  • hkohno_abbr
    で、レムは、決してそれをやらない↓ グリットのレトリックは使うけれど。
  • Ko_Nakamura
    .@kadowaki_kozo レムの活動は多様に筋が通っていると思っていて、ビッグネスでコントロールの限界を言い、ジャンクスペースへの注目、経済原理が作る都市、ことあるごとにラスベガスを参照したり、建築でなく都市研究をしつつ欲望の配列を可視化する建築を作ったり、
  • Ko_Nakamura
    .@kadowaki_kozoヴォイドといって建築でない(図でない)部分をメインにしようとしたり、とまあ自分なりにまとめるとコントロール不能なものをいかに乗りこなすかというような態度が最も共通した特徴だと思うのです。
  • Ko_Nakamura
    .@kadowaki_kozo なので仰ることは共感できるし部分的には磯崎さんが植えつけたものかもしれないですけど、解釈として当たらずとも遠からずというか、1番でないかもしれないけど外れてないというか、、、そんな気がしますがいかがでしょうかね?
  • siskw
    @kadowaki_kozo すっごく雑句把覧に19世紀終りから書くと「cityに人一杯だから拡張子ねぇ?」→グリッドとか→やっぱ拡張だし都市の軸線とか→チャンディガールとか失敗してね?→ポストモダニズム→OMA『ちょま!資本主義が都市作ってね?』」って捉え方をしてるんですけど…
  • siskw
    ホウボウで言ってますけど、西欧都市がvillage→city→metropolisと変化したのに対して、東京はvillage→metoropolisと変化したので、レムの文脈と非常に親和性が高いですしそこがまさに今の日本建築の面白さにつながっているはずなんですよね。
  • kadowaki_kozo
    ありがとうございました!やっと自分が何を言いたいのかわかってきたのですが、つまりコールハースが資本主義を云々というのは、良くできた解釈の一つに過ぎないのでは、ということです。 @Ko_Nakamura @siskw @hkohno_abbr @b4mototakeshi
  • kadowaki_kozo
    →デリリアスNYは都市をゴーストライティングするように建築をつくるというマニフェスト(実際彼の建築はそうなってる)、容積バータは建築を他律的に記述するための一手法、リサーチは彼の建築の主体たる都市へのインタビュと考えれば、それを資本主義と結びつける必然性は必ずしも感じません。→
  • kadowaki_kozo
    →僕が彼の作品を見て感じるのは、資本主義へのシニカルな態度などでは決してなく、むしろ大文字の建築文化に誰よりも真摯に取り込もうとする姿勢です。つまり通常いわれるところのコールハースにとっての経済(という都市の一側面)と建築の関係は、主従が逆ではないかと個人的には感じるわけです。→
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