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  • wagonthe3rd
    でも、相当な自慢でも、最後に神に感謝をつけると途端に謙虚な感じになって周囲も納得するのはなんだかなぁと思う。 #gbenrei
  • wagonthe3rd
    基本的に英語が出来ても他が駄目ならというのはねたみそねみの類に過ぎない。そもそも他人がおおっぴらに褒められ、褒められたほうも素直に喜ぶ英語圏では、いじいじと人をねたむ負け犬根性では生きていけないだろう。ただ自信や自負はよいが自慢はあまり感心されないから要注意。 #gbenrei
  • wagonthe3rd
    逆に恥知らずな人が、一見英語が達者に見えるという段階も確かに存在する。しかし英語話者も馬鹿ではないから、すぐに見透かされるよ。それに英語を話すから恥知らずになったわけでもない。ただ失敗を恐れずかつ失敗をしっかり受け止め改善の努力を欠かさぬ人は何事も上達するね。 #gbenrei
  • wagonthe3rd
    日本語ができる人の方が英語に苦しむという一見奇妙な現象は確かに存在する。基礎が出来て、あとは場数を踏むだけという段階で起こるんだが、コミュニケーションの特性面で、日本語で出来る人程、同じレベルに英語で達するのに、その分逆に振らなければいけないからではないか。 #gbenrei
  • wagonthe3rd
    解釈以前の「体験」そのものを共有するという特徴のためかと思います。>@gorotaku ちなみに日本語が英語に比べて擬態語がクソ多いのは、日本語の動詞が動作の容態を細かく指定しないのを補っているとも言える。その意味では英語の方が日本語より情報密度が高い。
  • gorotaku
    ちなみに日本語が英語に比べて擬態語がクソ多いのは、日本語の動詞が動作の容態を細かく指定しないのを補っているとも言える。その意味では英語の方が日本語より情報密度が高い。
  • wagonthe3rd
    文脈の共有の前提と反駁の不可能性のふたつの前提が外れる学術的議論においては、日本語の情報密度は極端に低下すると思います。一般の人が学術的議論を好まない理由だと思います。@gorotaku
  • wagonthe3rd
    日本語の情報密度で大事なのはもうひとつ、先ほどの例で、「雨だね」「そうか全然降ってないぞ」といった時の破壊力の違い。英語では普通に会話が続きますが、日本語だと下手すると険悪な空気になります。文脈の共有の前提と反駁の不可能性の二重縛りになっています。@gorotaku
  • wagonthe3rd
    重要な指摘と思います。つまり日本語の情報密度の高さは、同じ場所、同じ時を共有するものは思いも共有しているという前提の下でのことです。>@gorotaku 特に文学作品の英語原著と翻訳を比べると、日本語翻訳が語数を増やして原文のニュアンスを保存しようとしているケースが山ほど出てくる
  • gorotaku
    特に文学作品の英語原著と翻訳を比べると、日本語翻訳が語数を増やして原文のニュアンスを保存しようとしているケースが山ほど出てくる
  • gorotaku
    "It's raining" "Yeah"ではなく、もっと長々と喋るのを想定している? @wagonthe3rd: 「雨だね」「そうだね」と、同じ情景での英語での会話の違いです。
  • wagonthe3rd
    「雨だね」「そうだね」と、同じ情景での英語での会話の違いです。>@gorotaku: @wagonthe3rd 具体例は?
  • wagonthe3rd
    語彙は全ての言語学習の基本だけれども、日本語の一単語を英文の一フレーズで覚えたほうがいいかもしれないね。瞬間英作文はその意味で有効な方法かも知れない。余談だが、マーオリ語はやまとことばと割に一対一でしっくり結びつくんだよね。
  • wagonthe3rd
    だから、英語のように日本語を話すととても妙なことになり、それが英語を教えると日本語が駄目になるという俗信の原因かもしれない。でもそれは、その違いをしっかり教えていないから。話せば分かるの日本語と、話して解り合えないのは分かったの英語ではやはり全然違う。
  • wagonthe3rd
    同じ簡潔に言うというのでも、日本語と英語ではまるっきり正反対の方向になる。日本語で言うとこれしかないという短い文でズバッと言い切るのが簡潔だが、英語で言うと単純な概念で複数の文で誤解ないよう伝えることになる。あえて極論すれば、短い文の日本語の方が英語に訳すとその訳文は長くなる。
  • wagonthe3rd
    そりゃ、日本語の一単語を英語の一単語、日本語の一文を英語の一文で表そうとすれば、七転八倒しちゃうよ。単語の文字数の違いもあるから、英文の tweet なんて日本語のツィートで表せる内容のの十分の一も表せれば御の字だ。
  • wagonthe3rd
    日本人は日本語で考えるというのは、次の対照関係が知られていないこともあるだろう。感覚的に日本語の一単語は英語の一文にあたり、日本語の一文は英語の一パラグラフに当たる。日本語は非常に情報密度の高い言語で、高コンテキクト性がさらにそれに拍車をかける。日本人が察しのよい民族である所以。
  • wagonthe3rd
    簡単に信じられているけれど、人は母国語で考えるというのは少し割り引いて捉えるべきだ。考えた内容はほとんど母国語で表現されるそう見えてしまうが、他者に客観的に伝えられる概念を頭に構築するというのは、わりと言語中立な機能だと思う。外国語の習得はむしろその能力を強化すると思うけどね。
  • wagonthe3rd
    英語の時間を増やす必要はないと思うけど、すぐそういう懸念が出てくるほど「日本語」を教える方法論が確立していないほうが問題だと思うよ。>@next_highstep: @wagonthe3rd 人間は、母国語で処理をする。ただでさえも少ない国語の時間を削る意味はあるのだろうか
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