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    天沢聖司の声の演技の正直さ、昔よりずっとわかるようになったなあ。こんな自信のない少年だったとは。
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    才能を育てられる家庭に偶然育って、その範囲で精いっぱい頑張って、社会資本・文化資本はあるけど人付き合いの能力は人並みかそれ以下(しかしそれも物凄く短い期間の幸運でなんとか引きつけようとする)。物語が終わった途端にそのツケが支払わされそうな、そんな感じ。カントリーロードの時点で。
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    この天沢の圧倒的な余裕のなさ、すげえ。動きも演技も。いかに真面目に観てなかったか。
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    「天沢は完璧少年」とか言ってた人々と全然違う観方を獲得しつつある。アニメ版『耳をすませば』は文化資本でも解決しないことばかりが描かれている。
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    基本的に二人とも豊かな文化資本(を蓄積してきた家族)を持っているわけだが、それが全然人付き合いに結びつかない。それが面白い。人生を駆動するのは環境と努力で、しかしストーリーを推進するのが(せっかくもってる一定の)才能でもなんでもなく幸運でしかない。あやうすぎる。
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    いや、けっこう天沢に優秀イメージを持ち過ぎてる人多かった印象。でも違うなあこれ。序盤から色々脆い。RT @ruckatz3: 「天沢は完璧少年」なんて言ってる人いるのですか。驚愕である。どこにでもいそうな感じだけどな。主役ということでちょっと良く描かれているふうなだけで。
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    二人とも雰囲気で恋愛やっちゃってるしなー。
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    屋上の雨から晴れとか、社会心理学でいうところの単純接触効果っていうか、この二人の恋愛は最初から最後まで単純接触効果だよね……。それと原田の家庭の裕福さがすごい。子供の一人部屋に高価そうなオーディオ設備があるとか、これ年収1000万-1500前後(当時)ある。あるいは それ以上。
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    そう。ストーリーだけ観るとそこが痛い。でも、それぞれの家族や屋内外の描写で、別の解釈も幾つか呼び込めるところは良い。RT @ruckatz3: @tricken 夢を見たいけど現実的な女の子と、現実的だけど夢を見ている男の子の、運に任せた気取ったやりとり。という感じ。
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    緑柱石の話は、この映画に「爺さんの観た、中学生の夢をわざわざ潰さない視点」があることをしっかり伝えているので、作品の説得力がストーリー自体に求められるわけでないことは明白。
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    遠距離恋愛のふりをした、13歳のハローワーク……。
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    「荒々しくて、率直で、未完成で――まるで聖司のバイオリンのようだ」という爺さんの一言で、聖司は(シーンとしては一切登場しない)「挫折」の可能性を確保してることになってるのが、この映画のすげえところなんだよな。爺さんは聖司がそこまで勝率ないことをわかって応援してるわけで。
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    好き勝手やった末に、「勉強しないと目標に届かない」と自覚する帰結は、良くも悪くも教育的。あと、食事のシーンが宮崎アニメのようにがっついていないのが好印象。宮崎のアレはアレで芸なんだけど。
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    父親が図書館員、母親が大学院生で修論執筆中、姉が大学生で一人暮らし志向(のち実際に一人暮らし)。1990年代の前半の団地の中では文化資本の蓄積がある風景。そら教養について曲がることのない子には育つ。
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    「見ると聞くとは大違いさ。でもおれはやるよ」苦労したんだねw でもあっさりそこで切るんだねw いやあ、本当にこの物語における「聖司の苦労の隠ぺい」と「雫の努力の強調」との、天秤の不釣り合いが凄いよね。
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    挫折を受け止める大事さを、父親、爺さん、雫で担保しているくせ、聖司だけそれがないんだよねえ……間違いなく試練を受けてるのに。この話、本当に深読みするといくらでも「人生の落とし穴」に自覚的でありつつ、それでも中学生の夢を否定せず応援する大人たちを脇に配置する作品なのが、隙がない。
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    「お姉ちゃんだって大学入ってバイトしかしてないじゃない!」っていうところ、母親が大学院生やってること、姉が一人暮らしを画策していること、雫が内申無視して小説を書いている事を暴露する台詞になっていたなあ。月島家の女性の闊達さの一部は父親が一手に支えている。
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    現代女性の自由な生き方の礼賛でありながら、マッチョイズムからは逃れられているが正解かは不明な、複雑な男性像が幾通りか示されているのも、90年代前半の男女関係の表象か。「私にだって身に覚えの一つや二つあるけれども……」という母親の台詞。母親は子に家事を押し付けて院生をやっている。
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    @ruckatz3 少女視点としての徹底が足りない、っつうことですかね。
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    恋人がジブリTLで、杉村を振って聖司に行く雫にガチで苛立っていたのを思いだした。
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    杉村が雫を掴む手と、聖司が手を差し伸べて雫に手を重ねてもらう場面とのレイアウトが同じなんだよね。本当に杉村・原田組は雫のご都合視点で描かれているよなあと思う。一人称視点ではないけれど、テクスチャがFPS(主観の反映)なんだよな……。姉が出ていき部屋の広さが強調される部分も。
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    .@ruckatz3 雫の都合を押し付けられているので、色眼鏡を外してみた聖司は人並みの悩み多き秀才でしかないと思うんですよね。ただ視点は雫だけではなく、〈父親〉〈爺さん〉〈杉村〉そして〈聖司〉の振るまいから、雫がプラグマティックにどんな人格・能力であるかが辛うじて暗示されてる。
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    徹底した一人称ではなく、三人称を受け入れる視点の兆しが、聖蹟桜ヶ丘の風景のあちこちにちりばめられている、というのがこの作品の観方の一つかなあ、などと思いながら、本番に臨む。
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    今回、聖司がそれなりにいい自転車持ってることに今回初めて気付いた。もっとママチャリみたいなその辺のダサい自転車かと勝手に思い込んでいた。後ろに坐れる台があるから。/坂を上がる努力ってのは、イタリアでフルボッコになって来た彼が奮い立とうとするための何かの通過儀礼なのかなあ。
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    本当に、聖司はストーカーでどうしようもない奴で思い込み激しくて仕掛けばかり先行して、他人のこと好きとか言いながらちゃっかり自分のやりたいことのためにどこまでも行ってしまって、行動原理の情けなさが他人とは思えない(もちろん外見・技能とかは無関係なのでその辺誤解なきよう)。
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コメント

  • balthazarmaster
    大変面白いまとめ。もう一度ちゃんとみようかな。通した見たの、タブン中学の頃だ。
  • bo_gin
    聖司君は完璧少年だと思ってた。楽器が演奏できて、イケメンで、海外で自分はやっていけるという自信も持っている。
  • Takari27
    なるほど。たしかにいま見返すとこういう視点ができるんですね。「耳すま」と「秒速」を重ねて考えると、「耳すま」の印象がガラリと変わっちゃいますね。
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    元々この一連のpostは、 @haruwosumi @ill_critique 両氏と「アニメにおける〈背景〉の意味」を語るための聖蹟桜ヶ丘散歩(兼座談会)企画のための予習として行ったものです。A.聖地巡礼における場所の聖性生成論 B.ジブリ・京アニから整理する日本郊外表現史 C.空間・時間の認知をハック/上書(AR的に)することでみえる“背景アニメ”の受容論構築 について17時間にわたる議論が行われました。(「聖地」「郊外」「背景アニメ」の三題噺)。そのうち記事として読めるはずです。お楽しみに。
  • Yamagami_Tatuya
    一度は、天沢がイタリアでどうなったのだろうかと考えると、希望や挫折は頭に過ぎるよな。背景についての議論もきになる
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