ついに決定!第2回トゥギャッターまとめまとめ!2月25日開催!
  • m_um_u
    ああ、それでオランジュリー博物館か >博物館の原型は新しい土地のエキゾティックな植物や果実の私的展示である。なかでも「オレンジ」は好まれ「オランジュリー」とよばれる木造の温室が各地につくられた
  • m_um_u
    なので水晶宮が温室の発展形であるのも必然、と
  • m_um_u
    温室も美術館や博物館も、原型は貴族の「めずらしいもの展示室」だったらしい
  • m_um_u
    ウインドーショッピング的なものに発展して行くもととなった分類とそれへのまなざし、そこでの対象との客観的な線引きの意識の内在化の過程はなんか貨幣が人々の生活に染み込んでいった場面を彷彿と去せる
  • m_um_u
    レジ担当してる時にお金数えつつ「これは他所様のモノ」って感じと同じだったり、子どもがスーパーの商品を無造作にとらないように覚えて行くのと同じ QT @m_um_u: ウインドーショッピング的なものに発展して行くもととなった分類とそれへのまなざし、そこでの対象との客観的な線引きの意
  • m_um_u
    「博物館→デパート的なものができたのと並行して、かつての見世物小屋的なフェアが消えていった。それは当局によって猥雑な空間が規制されていったから、というだけではなく博物学的まなざしが人々に内在化していったからである」、あたりからもへーっと
  • m_um_u
    「無料の駐車場の公園はアレゲな親子連れが多いので行きたくない」とかその辺に連動するかなぁとか思いつつ、さっきちあきさんとの話で出たベタっとした性風俗的なものと滅菌処理された後の性風俗的なものがあるのかなぁ、とか
  • m_um_u
    いまのアダルトショップ的なものって基本この「ベタッとした」のもバンドルされちゃってるので女性なんかは近づきにくいのだろうけど(金蓮さんも「エロ本かったらストーキングされてこまった。。」とかいってたな)、この辺がアンバンドルされた未来とかもあるのかなぁ、とかとか
  • m_um_u
    TEMGAなどのグッズのデザイン性をみてるとそんなこと思ったりするけど。あとブラジャーとかパンツみたいなかつては公共空間に出しづらかった店が思いっきり表通りでディスプレイされてる現状を鑑みると
  • m_um_u
    まあ、博覧会の3つの要素を受けてそこから分化していったひとつがオリンピックなわけだから見世物までのあらゆる要素を含んでても当然なんだけど。流れとしては、(1)威信(対外意識)→(2)内国融和(的幻想の共有)、とかあるかなぁ。 あとはまなざしの変化とやらだけど・・・
  • m_um_u
    博覧会の場合は(1)帝国の威信、(2)商品的ディスプレイ、(3)見世物、として発展していったっていうけどオリンピックの場合は・・威信な時代もあったけどちょっと前から「少数民族の歴史もわたすらは考えて融和してますよ」が流行だの
  • m_um_u
    「三越に来て博覧会を見ぬことあらんや。博覧会に来て三越を見ぬことあらんや」って言葉に代表されるようにかつての博覧会と百貨店の関係においては百貨店が博覧会の賑わいにそのまま乗っかるというところもあったみたいだけど、いまはそういうのなくなっちゃったのかな。
  • m_um_u
    もともとは「スカーフならスカーフ屋」みたいに各専門小売りがあって、それを総合的に扱う大型店舗ができだして、その外観や内観が博覧会的なそれ(ex.水晶宮の透明さと絢爛な様式)がを踏襲していった、ということなんだけど。
  • m_um_u
    やがて博覧会と百貨店が同時にできたり、百貨店が博覧会を後押しするようになったり
  • m_um_u
    それは博覧会的フルセットの流れです。たぶんかつての百貨店屋上空間もそういうの。 もともとは博覧会的空間全体がコモデティ化したのが百貨店 QT @Tomonano: 日本橋三越なんかは、今でも小さいながら絵画展やお芝居を催している。時代は変わったけどね。  RT @m_um_u:
  • m_um_u
    そですね QT @mao3mao3: 博覧会を常設商業施設にしたのが百貨店かな RT @m_um_u: 「三越に来て博覧会を見ぬことあらんや。博覧会に来て三越を見ぬことあらんや」って言葉に代表されるようにかつての博覧会と百貨店の関係においては百貨店が博覧会の賑わいにそのまま乗っか
  • m_um_u
    てかまあ、ここでいいたかったのは現代の百貨店が店の外の博覧会なり産業展なりに連動することってないんかな?って疑問です。物産展だけでもキツイだろに QT @m_um_u: 「三越に来て博覧会を見ぬことあらんや。博覧会に来て三越を見ぬことあらんや」って言葉に代表されるようにかつての博
  • m_um_u
    日本でもヨーロッパでも中世における娼婦はそんなに蔑視されていなかったようで、特に日本の場合は「巫女+その他芸事」の「芸事」の中に伴床的なものも含まれてたようなんだけど。どのへんで転換したんかなぁ。。
  • m_um_u
    日本の場合は明示近代化のころに西欧のマネッコした影響だと思うんだけど、西欧の場合は・・すくなくともポンパドール夫人ぐらいまではふつーにあった。彼女たちの場合は特定客の高級娼婦的なものでちょっと違うけど
  • m_um_u
    キリスト教の関係が一番考えやすいんだけど中世カソリックのころは坊さんは女買いしてて、それはある程度認められてたみたい。なのでプロテスタントとか、その後の近代化との関係かなとか思うんだけど >なぜ娼婦が蔑視されていったか
  • m_um_u
    ああ、これ権力だな。てか、政治学的に「権力」の場合はもそっと被権力者の選択の余地のないゴリ押しが含まれるわけだけどそこまでの力は考えてないです。ゆるい、ヘゲモニーみたいなの QT @m_um_u: ベタに考えると性の共同体が理性的、システム的に統御できないような発言権や検量をも
  • m_um_u
    もそっとベタにいうと日本におけるお米と肉の関係でもいいです
  • m_um_u
    中世のゲルマンの法律は、全財産没収という規定によって、人々がホルグhorgrを建てたり、自分の家をホルグと呼ぶことを禁じた。horgrは異教の神殿、すなわち「聖娼」の家を意味し、そこで巫女たちが古い宗教を実践していたからである http://bit.ly/92mhjt
  • m_um_u
    神学者は商業的売春を、トマス・アクィナス(1225?-74)の矛盾した表現を用いれば、「法に触れない不道徳」として認めた。アクィナスは、売春は男性が互いに男色に耽るのを防止するために必要である言った。 http://bit.ly/92mhjt
  • m_um_u
    中世の売春宿は、必ずしも女子修道院と明確に区別されてはいなかった。異教の巫女たちの集団であるcollegiaの痕跡が両方の組織にまつわりついていた。ひとつの共同体の中で男性と女性がともに住む初期の「共同修道院」は、ときには神聖な売春婦の宿となった。
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コメント

  • m_um_u
    要約的エントリ以前の読書しつつ思ったこととかちょっとしたまとめとかみどころみたいなつぶやきを雑多にログっていくことにした。現時点ではここまでだけど読んでる間はこの後もつづく
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