• mittsko
    宗教論(という人間主義的な企て)は ホントに突きつめると 《死》 と 《狂気》 の問題、すなわち 《存在》 の問題になる―― という話を昨日の授業でしたら、強めの反応がちょいちょいあった さて… では、それを学んでもらうために どの本を紹介したらいいか…? これがむずかしい
  • mittsko
    要件は 少なくとも二つ 1)現代の宗教学の理論的水準に達していること 2)《希望》 を語るものでなければいけない、なぜなら 《死》 と 《狂気》 を暗澹と語ることほどお気楽お手軽なものはないから(本人の真摯さとは別に、やっぱりそう!)
  • mittsko
    アドリブで紹介したのは 末木先生の仕事 これ http://amzn.to/dHsxuJ とか、これ http://amzn.to/g1o8Tw とか しかし、まだ発展途上の議論ですよね(最大限の尊敬とともに!) この水準で、もっと議論すべきことがある で、困ると
  • mittsko
    教養課程の「日本の宗教―現代宗教論入門―」の最終講義だったので、サラリと触れただけ 「センセーのどの授業で その話してるんですか?」 という前向きな問い合わせをいただいた が… なかなかこれを半年14回の講義でやるのは困難(うちには 宗教学科はおろか哲学科もない)
  • mittsko
    とりあえず、僕が授業できる範囲では 《藝術の宗教学》 がそれに一番近い 来年前期の「宗教学演習」(あれ?各論だっけ?)では、映画を使って そのあたりをウロウロするつもり 仮題「藝術の宗教学―映画・表象・想像力―」
  • i_natsue
    学部時代、『ゴジラ』等々の映画を観る授業があった。日本の「50年代論」を一年がかりで書くのが課題。で、大学の映像ルームにこもり、小津、黒澤作品などを片っ端から観た。学生は僅か、研究室での個人指導もあり濃密な授業だった。…時代を読みとるひとつの手法を学んだんだ。「社会連帯論」だった
  • satoru79
    幻想は〈現実界〉との遭遇から我々を保護する遮蔽幕であるが、最も基本的な形の幻想そのもの、即ちフロイトが「根本的幻想」と呼んだ、主体の欲望する能力の最も基本的な座標を提供するものは、決して主観化されることなく、機能する為には抑圧された儘でなければならない。―ラカンはこう読め、より。
  • mittsko
    【とりあえずの第一報】 《神秘のインド》研究会&《藝術の宗教学》研究会 1/30 14:00-18:30 エリアーデの最初の小説『マイトレーヤ』について @日本女子大学(目白キャンパス) 【詳細後ほど】
  • nanbashura
    いわゆる「落ちもの」はおおよそ異類婚姻譚。最近のプリキュアなど魔法少女ものは女の子主人公のそれだが、サリー、モモ、セーラームーンは貴種流離譚だった。あと、最近のジャンプも殆どが貴種流離譚。
  • mittsko
    @nanbashura ナンブさん、そこで質問なんですが 現代日本のヲタ系ソフトの物語が こうも神話/民話/童話になっているのは何故だとお考えですか?
  • nanbashura
    どちらも消費者生成メディアだからだと思います。RT @mittsko @nanbashura ナンブさん、そこで質問なんですが 現代日本のヲタ系ソフトの物語が こうも神話/民話/童話になっているのは何故だとお考えですか?
  • eauoi
    横レス失礼します。福嶋亮大「神話が考える」はどう読まれますか? RT @nanbashura: どちらも消費者生成メディアだからだと思います。RT @mittsko @nanbashura 現代日本のヲタ系ソフトの物語が こうも神話/民話/童話になっているのは何故だとお考えですか
  • nanbashura
    今から読みます!!積読でごめんなさい!!RT @eauoi 福嶋亮大「神話が考える」はどう読まれますか? RT @nanbashura: どちらも消費者生成メディアだから-RT @mittsko 現代日本のヲタ系ソフトの物語が こうも神話/民話/童話になっているのは何故
  • mittsko
    @eauoi @nanbashura 文芸批評としてはわかりませんが、宗教論/神話論としては まったくアカンと思います もちろん仕方のないことです
  • PONKICHI02
    宗教的想像力と経済的想像力と政治的想像力。これらのうち、もっとも共同体運営に馴染むのは宗教的想像力だと感じる。自立と想像力の立場からか。経済的想像力は自立を促しすぎて孤独を生み、政治的想像力は自己を殺して自立から遠ざける。この周辺をきちんと考えることは直感的に大切だと思う。
  • PONKICHI02
    現実からは非現実がよく見えて、非現実からは現実がよく見える。したがって、立ち位置が現実的であればあるほど、非現実のほうへ目が向いていく。これが想像力の現状なのではないか。非現実から現実への想像力を宗教的想像力と名付けたならば、宗教的想像力の欠如が現実を薄めていくことになる。
  • PONKICHI02
    誰かの想像に自分の想像を重ねることで生きる人にとっては、たしかに宗教的想像力は危険な面も。それは想像の強度と権力と宗教・経済・政治の各々の重なり具合とで説明できそう。でもそこが難しいか。それこそ共同体が持つ良心に支えられる部分。行ってはいけない場所への境界を明確にするもの。
  • IWATAYUKIO
    多くのJーPOPは歌の内容が自分自身の感情についてであれば誰もそれを批判できないという誤ちに陥った。真実を語るという事が味気ない自叙伝に過ぎない窮地に陥り始めどれ位の無駄な時が過ぎたか?歌手は想像力無しで済ませ歌は日記から抜き出した数頁に過ぎずその歌に生命を吹き込む物は何も無い
  • omuraji
    さても「アーティスト」の「終局」の「目的」は、「有名になる事」「自らを世界に認めさせる事」「儲かる事」「何かの『復讐』を遂げる事」「『地位』向上の闘いに勝ち続ける事」のいずれであろうか。或いはそれらのいずれでもないのだろうか。
  • PONKICHI02
    時空間を越えて、こちらの世界が壊れるか、あちらの世界が壊れるか、という二択は選択できません。あちらの世界が壊れるときこちらも壊れる。そう考えると、あちらの世界に侵食される、あるいはこちらの世界が侵食する破壊行為は自傷行為と言えます。このあたりが作品によって分かれますよね。
  • PONKICHI02
    しかし私たちが、あちらの世界とこちらの世界を行き来することを、禁忌とするかよしとするかという問題においては、大方禁忌とする物語が多いように思います。禁忌を犯すものには罰が与えられる。その辺りが宗教観に強い影響を受けているところだと思います。多くの宗教的な物語が警告だった名残か。
  • PONKICHI02
    禁忌を犯す私たちの未来は世界を壊すことになるだろう。しかし救いは必ずそこにあり、それは人(あなた)の中にある。それを見つけることこそが、世界を救うことであり、あなたを救うことである。これがファンタジーの源流だと思うのですがいかがでしょう?そして、いつの世もその課題で溢れている。
  • PONKICHI02
    だがしかし、罰を受けないヒーローがいる時、私たちの価値観が少しずつ変わってくる。私がその人かもしれないから。ヒーローは苦悩しながら世界を救うはずのに、笑顔で活躍しまくってしまうのがいる。その笑顔のアメリカンヒーローの物語にも変化が。そして再び宗教観が試される。今はそんな感じですか
  • PONKICHI02
    しかし、村上春樹のヒーローは、こちらで苦悩してあちらで癒される。ここがなぁ。あちらで殺してこちらを癒す。ここもなぁ。悪人がいるからかぁ。そこを越えるリトルピープルの存在は、やっぱり脱アメリカンヒーローなんだと思います。
  • PONKICHI02
    悪人もヒーローもいない物語の将来は、絶対善でも絶対悪でもない、自然に存在する何かに頼らざるを得ない。それはそれは難しい問題だと思います。
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