【風の歌がきこえる】 福間健二 #2factory94

ジョゼ・サラマーゴとトマス・ピンチョンのあいだをウロウロしている。そこでふと捨て子(サラマーゴの父方の祖父はそうだった)が成長していくふしぎな村のイメージが浮かんだ。一九三〇年代の、ヨーロッパのどこか、ということにした。書きだしたのは、六月二十六日。肺ガンとたたかってきて自宅療養中だった沖島勲監督が、肺炎をおこして入院したことを、二十八日の夜、奥さんから知らされ、二十九日、彼に会いに行った。一日にも病院に行った。二日の夕方、ピアニスト石田幹雄くんとのライヴの本番直前に訃報を受けとった。そういう日々だった。そのために見つけたものと見失ったものがある。 音楽は、Stiff Little Fingers の「Doesn't Make It All Right」。ライヴ・ヴァージョン。 https://www.youtube.com/watch?v=hp2smFYSJOA
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福間健二 @acasaazul

おまえは捨てられていた。たいていの子が親にそう言われる。フン! 拾ってきたなら手続きが大変だったね。赤と黒のクレヨンで橋を描く。捨てられた子の群れが橋の下で骸骨になって遊んでいる。Tシャツじゃないよ。警報装置なしの、ものがたりの入口だ。(風の歌がきこえる1)#2factory94

2015-06-26 08:53:56
福間健二 @acasaazul

おれは捨てられていた。ある金持ちのお屋敷の前。食べすぎの胃袋たちはおれの赤と黒がきこえても何もしない。赤、つまり血の色。黒、つまり夜の色。その衝突をさまざまに錯覚するきみたちを生んだ土地は、何か条もの理不尽な要求を突きつけられている。(風の歌がきこえる2)#2factory94

2015-06-27 08:13:39
福間健二 @acasaazul

奥様、明るい窓辺の椅子に座って辛抱づよい聞き役になるのだ。気が狂っている人のする発見を全面否定してはいけない。なるほど、そうなの、でもそうだとすると巻き直さなくてはならない、わね。人差し指に巻いたコイル。要求をまちがって発信している。(風の歌がきこえる3)#2factory94

2015-06-28 07:19:51
福間健二 @acasaazul

使用人たち。日々の労働と盗み読みした世界のニュースを衝突させている若い女もいた。ローザだ。ローザも錯覚する。ヘマをして叱られるたびに孵化する分身は、村を縫う細い道を駆けまわるヒロインだ。ローザを誘惑しにきた無害な悪魔がおれを抱きあげた。(風の歌がきこえる4)#2factory94

2015-06-29 08:26:43
福間健二 @acasaazul

捨てられていた男は言う。おれは運がよかったんだ。悪魔はローザの叔母さんのところにおれを運んだ。いいもの持ってきたぞ。叔母さんの名前もローザ。ハンサムウーマン、行かず後家のローザさんだ。どこかの国みたいにおかしな要求をしたら承知しないよ。(風の歌がきこえる5)#2factory94

2015-06-30 09:12:17
福間健二 @acasaazul

赤んぼうのおれを抱いても、このローザはニッコリなんてことはない。能なし悪魔、あの家からこの厄介者以外には何もいただいてこなかったんだね。さびしい夜道についての質問をおいてきた。悪魔は言った。やつら苦しむと思う。もうとっくに破滅してるよ。(風の歌がきこえる6)#2factory94

2015-07-01 10:24:25
福間健二 @acasaazul

ローザはやはり独身の兄シコと食堂をやっていた。料理も上手だが、シコはナイフの達人。おれの母親らしい女も含むお人よしの女たちを孕ませた男を突きとめてすばやく料理した。賢い姪のローザと相談。この事情は、悪魔に金持ちの家の裏庭に埋めさせよう。(風の歌がきこえる7)#2factory94

2015-07-02 09:03:48
福間健二 @acasaazul

食堂の名前は、日の出。ムルナウの『サンライズ』を見たシコがそれにした。壁の写真のジャネット。この可愛いアメリカ人、都会の悪魔女に勝つのよ。ローザがローザに教えている。壁にはお針子テルミーも。日本人だ。日本には日の出食堂がたくさんある。(風の歌がきこえる8)#2factory94

2015-07-03 09:59:17
福間健二 @acasaazul

二人のローザ。人はものを言う。信念で言う。そうよ、役人みたいに上のだれかに気に入られるためじゃない。恩人の悪魔とシコ。やりたい。やったあと、どうする。ヘビとカエルとうずくまっているなにか。風の歌。耳をナイフにしてスミレ色の空を分割する。(風の歌がきこえる9)#2factory94

2015-07-04 09:55:31
福間健二 @acasaazul

若いローザは本を書いた。遠い工場で血を吐き、頼りない悪魔に見とられるために帰ってきた。若くないローザは表情を崩さなかった。本当に見たものと嘘でこしらえたもの、どっちも役に立たない。おまえは捨てられていた。いまはみんなが捨てられている。(風の歌がきこえる10)#2factory94

2015-07-05 09:47:46