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  • kiri_tori
    ✄------------ 1/14(金) -----------✄
  • L_I_B
    @gar_cia_P @rui178 @akuraiNSX @damehumanoid 先日のぷよm@s談議をとぅぎゃらせて頂きました.問題があるようでしたらお申し付けください: ブログ記事などなどを受けてのぷよm@s談議 http://togetter.com/li/88550
  • L_I_B
    白眉はルイさんの「ぷよm@sにおけるぷよぷよは、全てでありながら同時に言語に過ぎず、究極問われているのは認識だとは思う。遊具に宇宙を観る感覚かな。」という発言だと思っています.たった二文と短いですが,じっくり味わい,その意味するところを解きほぐしたいと思う言葉ですね.
  • L_I_B
    でですね,ちょっと面白いと思ったのが,「あの世界のぷよぷよの勝利は、人間としての認識の勝利を描ける」のはなぜなんでしょうか?というぼくの問いかけに対して,ニコマス側にいらっしゃる悪来さんと,そうではないルイさんの答えが180度違うように見えるところなんですよね
  • L_I_B
    悪来さんはぷよ以外の描写が重要とおっしゃり,ルイさんはぷよだけに焦点を当てていることが重要だとおっしゃってる(ように見える).これ実は以前のぷよm@sラジオで同じ問題に根を持つ相反があった気がするんです.ぷよm@sは情報圧縮しているvsしていない論争.
  • L_I_B
    非ニコマス側のLDさんは「ぷよm@sは情報圧縮をほとんどしてない(のに面白いから凄い)」と指摘され,ニコマス側の敷居さん(ともう一人おられた)が,いやアイドルたちの日常描写については情報圧縮してると指摘されていた.これ両サイドでのこの作品の見られ方の違いに由来する差じゃないかな.
  • L_I_B
    100%想像にすぎないけど,ルイさんとLDさんサイドは,ぷよぷよ描写から出発して,それが世界を描くまで深化し今の物語に至るという見方をされてる.ニコマスサイドはまず作者のキャラクター理解とかキャラクター表現に注目し,そこからぷよとそれ以外が派生してきてるように見てる.かな?
  • L_I_B
    ぼくもぷよ描写から一周して物語に至るというより,キャラクターから出発してパラレルにぷよと世界描写が分岐していると見てた.作品の構成や演出の焦点はぷよぷよバトルに当たるように作られているんだけど,ニコマスの人たちは自動的に物語サイドに目を向けてしまうのかもしれない,とか思いました.
  • L_I_B
    そうそう,ぶら樽さん(http://bit.ly/gK9AfE)があえて書かなかった律子さんの言動が否定されるべき理由だけど,ルイさんの言葉を借りれば,ぷよぷよを全てとしては見ていても言語として見ていなかったからだ,と理解することができそうだとか思った.
  • kiri_tori
    ✄------------ 1/16(日) -----------✄
  • L_I_B
    先日のルイさん@rui178との会話 http://togetter.com/li/88550 でのルイさんの言葉の意味するところ,自分の中でだんだんと形になってきた気がしてます.なのでちょっとそれについて連投します.以下断定口調ですが全てぼくの想像,予想にすぎません.
  • L_I_B
    ぶら樽さんの記事 http://bit.ly/gK9AfE とガルシアさんの記事 http://bit.ly/fTEt2G が補助線というか,手掛かり.
  • L_I_B
    読み解こうとしているのは,ルイさん@rui178の「ぷよm@sにおけるぷよぷよは、全てでありながら同時に言語に過ぎない」「遊具に宇宙を観る感覚」「あの世界のぷよぷよの勝利は、人間としての認識の勝利を描ける」「ツールが深ければ世界や人を語ることができる」などの言葉.
  • L_I_B
    囲碁一局のすべての変化の数は,宇宙にあるすべての原子の数よりも多いという.そのようなゲームの研究にはここで終わりという地点はない.しかし時間は有限だ.囲碁や将棋やぷよぷよには持ち時間がある.またそもそも人生そのものが有限だし,人間の思考力にも限界がある.
  • L_I_B
    従って否応にも研究の方向と深さは一定のものにとどまらざるを得ない.そしてその方向と深度は人に依存する.つまり無限のものに対するアプローチにはその人自身が反映される.だから,「ツールが深ければ人を語ることができる」し,「ぷよぷよを語ることで人間としての認識まで語れる」.
  • L_I_B
    無限の対象に対して人間が思考し研究し掘り下げている過程を動的なもの,生きているもの,に例えるなら,それは限界に達したとき静的なもの,死んでいるもの,として終わる.律子さんがpart20(だっけ?)で「これが理論上最も効率のいい連鎖法だ」と考えたのは,生きた思考が死んだ瞬間だった.
  • L_I_B
    思考や研究や掘り下げが静的で死んでしまってはなぜいけないのだろうか.ひとつの答えは,たとえぷよぷよが世界や宇宙に比肩する深さを持っていたとしても,人間の手による掘り下げは有限であるから,そこを描くにとどまってしまっては不完全な世界・宇宙しか描けないから,というもの.
  • gigir
    @L_I_B ハチワンダイバーにおいて菅田が将棋をどれくらい理解しているかという問いに対して「5%だ」と答えたのに通じる話ですね
  • gigir
    ぷよM@Sは初代ぷよぷよというニッチ過ぎる題材を用いて人智の限界という現代の最前線のテーマにまで行き着いているという。
  • L_I_B
    先を読まれた!?とちょっと焦ってますがw もうひとつは,ハチワンダイバーの「ダイブ」に典型的に見られるように,それはあくまで内向きの掘り下げであって,外界に対して閉じているから,というもの.それでは内的な世界や宇宙を描けるかもしれないが,外界の宇宙や世界を描けない.
  • L_I_B
    外に対して閉じているってのはセカイ系批判とも通じるかもしれない.や,セカイ系って何なのかってのは,ぼくはよく分かってないんだけどね. ……で,その二つの批判に対しては,不完全な世界どうしの「対話」を描くことで,世界を描くことに近づいていくことができるのだ,と答えられる.
  • L_I_B
    人によって,対象に対するアプローチの方向や深度は違ってくる.だから彼ら彼女らが対話(そのほとんどは闘ぷよそのもの)したとき,双方の限界が壊れ,さらに掘り下げが進む可能性が生まれる.つまり対話を描くことにより不完全な世界でもなくなるし,内側に閉じた世界でもなくなる.
  • L_I_B
    対話により双方の限界が壊れる瞬間こそガルシアさん http://bit.ly/fTEt2G が仰っていた『プロデューサー』が『アイドル』になる瞬間.『プロデューサー』の掘り下げは静的で死んでいる.しかし『プロデューサー』を超えた『アイドル』によって再び掘り下げが動き出し生き返る.
  • gigir
    @L_I_B 人智の限界という現実を目の前にして物語が返す言葉の一つが天元突破で、ルイさんの大好物ですねw。わたしは、天元突破はあまり重視してなかったりもするw
  • L_I_B
    羽生善治が,なぜ将棋指しを志したかと問われて,「いろんなゲームをやったが将棋だけはコツが分からなかった,そして今でもぜんぜん分からない」と答えていたことを思い起こしました RT @gigir 菅田が将棋をどれくらい理解しているかという問いに対して「5%だ」と答えた
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