• terry_rice88
    TLで魔法少女ものってなんだろう?というのを目にしたので考えてみることにする。
  • terry_rice88
    前置き。まず範囲が広範なのでざくっと大きな流れだけで語ろうかと思います。自分の知識の範囲内でしかモノが語れないし、見たことのあるもの、見たことのないものがもちろんあります。なのでイメージだけで語ってる面もあるのでそれでもよろしければご清聴をよろしくお願いします。
  • terry_rice88
    さて、日本の魔法少女物の原点といえば、かの横山光輝先生の「魔法使いサリーちゃん」となるのだろうと思います。いわゆる魔法の国の女の子が人間社会にやってきてどたばたするというコメディ。
  • terry_rice88
    そのサリーちゃんにも源流があります。それがアメリカのホームコメディドラマ「奥さまは魔女」。最近、ディアゴスティーニ、だったかはよく覚えてませんがあのDVD付き分配本が出ているのはCMでもよく目にします。
  • terry_rice88
    どちらの作品も魔法使いが現代の人間社会に住むことで巻き送るどたばたのコメディなのは間違いないです。ここで注目しておくべきことはサリーちゃんも「奥さまは魔女」のサマンサもどちらもその存在自体が「魔法使い」であるということ。
  • terry_rice88
    66年に放映された「サリーちゃん」を始めとする70年代辺りまでの魔法少女ものはすべてサリーちゃん型の魔法少女であるように思います。つまり「主役そのものが魔法使いという非日常的な存在である」というパターン。魔法を使うことに何の疑問を持たないし、使うことが日常のようになっている。
  • terry_rice88
    ここらへん、時代の潮流とも重なっているんじゃないかなあと。家庭の環境の変化として冷蔵庫や全自動洗濯機とか専業主婦の助けになるものが徐々に現れつつあった時代ですし、何でもできる魔法というのはそれらの比喩と見ることも出来そう。
  • terry_rice88
    サリーちゃん型は魔法使いそのものが非日常であり、また夢でもあるという線引きが出来てたように思います。魔法少女が魔法と同格で違う社会の存在であったと。
  • terry_rice88
    いわば人間と異世界人の共存の間に引き起こされるドラマというか。魔法使いの女の子が人間たちに夢を与えたり、トラブル引き起こしちゃったりする。人間と魔法使いの価値観のギャップで起こるお話。そういうのが70年代まで続いているような印象。
  • terry_rice88
    で、いわゆるサリーちゃん型の類型作品が何度か繰り返されて作られた後、一旦清算という形で、82年に「魔法のプリンセス ミンキーモモ」が放送される。この作品はサリーちゃんのように夢を与えられる力を持つ魔法使いが魔法のエネルギー切れを何とかしようとするお話。
  • terry_rice88
    で、その魔法のエネルギーの元というのが「人間たちの夢を信じる心」というのがまた批評的というかサリーちゃんの時点のように魔法が無限じゃないことを定義付けちゃってる。
  • terry_rice88
    ミンキーモモもサリーちゃんのように人々を助けて、夢を信じる心を取り戻させようとするけど結局は上手くいかない。で、ミンキーモモは作中で交通事故にあってあっさり死んでしまうんだけど。この時点でサリーちゃん型の魔法使いは現実に敗北したと考えられる。
  • terry_rice88
    魔法=文明の利器の比喩だと考えるとミンキーモモの時点では魔法だったものが日常化してしまったというのもあるんだろうなあと。女性の社会進出も今ほどではないけど、専業主婦から徐々に出てきた時代でもあるはずでそこら辺はミンキーモモの大人に変身する魔法にも反映されてる。
  • terry_rice88
    でも、魔法使いという非日常的な存在自体は現実に敗れてしまった。そもそも女の子の理想像としての魔法使いという存在は「魔法が使えて何でもできるし、なんにでもなれる」と無限の可能性を提示した夢のような存在であったのが、「人々が夢を信じなくなった」ので存在があり得なくなってしまった。
  • terry_rice88
    そこらへんの曖昧さというか絶望というか諦念がミンキーモモには見え隠れしてるんじゃないのかなあと。大人の事情で事故死した後も続いてしまったことも含めて。「魔法少女がいなくても、夢を信じなくても、現実は回るんだ」という。ある種の皮肉っぽさが感じられるような。
  • terry_rice88
    でも、魔法使いがいなくても、人は夢を信じられるよねと、夢に特化した魔法使いが生まれることになる。それがスタジオぴえろの魔法少女シリーズ。
  • terry_rice88
    特にここでは「魔法の天使 クリーミィマミ」と「魔法のスター マジカルエミ」を取り上げるとしましょう。この二作品、どちらも主役はごく普通の女の子が主役。魔法は魔法の国からやってくる妖精が持ってくることになる所が注目するところ。
  • terry_rice88
    サリーちゃんやミンキーモモはそれ自体が夢の存在だったけど、マミやエミは普通の少女。夢の存在というものが敗北した成果、魔法という「力」というか「手段」が主人公にやってくるというのが興味深い。全体の幸せより一個人の幸せをかなえる設定になっているのもミンキーモモが敗北したせいにも見える
  • terry_rice88
    しかし、ぴえろの魔法少女ものでも「魔法」というものは敗北してしまう。それの一番顕著なのがマジカルエミの最終エピソード。「何でもかなえられる魔法を持つ自分はそれに頼りきっていて、実は夢をかなえる努力をしてないんじゃないか」という疑問がエミの中に浮かび上がってしまう。
  • terry_rice88
    それで結局、エミは「夢は自分でかなえるもの」と結論付けて、魔法を使うことを放棄しまうというお話の流れ。これが85年~86年のお話。この時点で「魔法少女」というものは物語論的にはナンセンスな存在と定義付けられてしまったんではないでしょうか。
  • terry_rice88
    女の子向けのアニメとして「夢」と「希望」を無制限に叶えることを描いてきた「魔法少女もの」が「魔法のスター マジカルエミ」で「夢」も「希望」も自分で叶えると帰結したことで一端の終焉を見せるというのは時代の流れと重なって興味深くあるなあと。
  • terry_rice88
    時代が現代に近づくにつれて、女性の社会進出というのが顕著になってくるのは明らかなのですが86年に「男女雇用機会均等法」が成立しているのを見るとエミが作中の中でそう結論付けるのは時代に呼応してるのかなあとなんとなく。ちなみに86年の2月28日にマジカルエミの放送が終了してます。
  • terry_rice88
    でまあ、女の子向けアニメの魔法少女もののテーマとしてはマジカルエミの帰結がピークであると思います。「夢は自分で動いて、なおかつ努力した上で叶えられるもの」という。これは女性でも男性でも社会に生きるという点で当てはまる普遍的なメッセージのように思います。
  • terry_rice88
    以降の女の子向けのアニメとしての魔法少女ものはテーマの再生産と玩具の販促アニメとしての色合いを保ちながら続きます。
  • terry_rice88
    で、魔法少女ものの次のブレイクスルーとしては「美少女戦士セーラームーン」が挙げられるわけなんですが、コレは今まで説明してきた流れとは若干趣が異なっています。
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コメント

  • Assume_CS
    例えば、魔法騎士レイアースあたりが考察からごっそり落ちてる。そっち側へ分化していった先には、まどかマギカはいないんだけれど、もちっと網羅して欲しいなとか。
  • terry_rice88
    反応があったので補足をしてきます。個人的にフォローできていないので申し訳なくもあるのですが、レイアースはファンタジーで、CCさくらはCLAMP解釈による魔法少女ものであるように思います。(続く)
  • terry_rice88
    そもそも90年代以降の諸作はそれ以前の作品よりもジャンルがさらに細分化しており、全ての把握がしづらいのではないかと考えておりまして、体系的に見ていっても作品の差異はあれど、テーマではなく要素の組み合わせの妙で作られているものが多いのではないのかなあと。(続く)
  • terry_rice88
    90年代以降で代表的なのを挙げるとするなればヒット作では「レイアース」や「CCさくら」はもちろん「おじゃ魔女シリーズ」などが挙がるでしょうし、知名度はそれよりか下がるけど「魔法使いTai!」や「魔法少女隊アルス」なども入るかもしれません(続く)
  • terry_rice88
    ただ今回のまとめは「奥さまは魔女」を原点として、時代を経るにつれて魔法少女というものがどのように変遷していったか、を本当におおまかにきわめてざっくりと個人的な見方で語っているものであることは前置きでもこのまとめの説明でもしたとおりです。(続く)
  • terry_rice88
    ですから、片手落ちな面があることは否めませんし、フォローし切れていないところがごっそり抜け落ちてしまっていることは本当に申し訳なく思います。つきましてはこの場を借りて、謝ります。すみませんでした。
  • tcitrye
    「現在は男性も女性も働くし、主婦も主夫も一般化してる社会になってる」ってのは、男社会の勝手な解釈だと思うな…男性でも独身の若い女性でもなく、母親のかいた魔法少女の話って意味がある気がする。
  • H926
    参考。東映アニメーションの魔法少女シリーズ一期ラスト『魔法少女ララベル』 http://bit.ly/e8IHtt スタジオぴえろ魔法少女シリーズラスト『ファンシーララ』 http://bit.ly/ebR6Lc http://bit.ly/8e5f6Z
  • yuzumuge4
    セーラームーンに至るまでの道程として、実写特撮ですが日曜の朝にやっていた「美少女仮面ポワトリン」も日常系とバトルの橋渡しとしては無視できないように思われますね。
  • luk5
    この流れだと「姫ちゃんのリボン」はどういう位置づけになるのかなあ、とふと。
  • CLONE_P0806
    「使える題材の狭さ」や「発展性の無さ」という美少女戦士物というジャンルの重大な欠点が露呈された「りりかSOS」や「神風怪盗ジャンヌ」、アイドル物復活への橋渡しとなった「ぴちぴちピッチ」等の考察もあれば完璧だったのに。
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