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  • rakuha
    僕はハンス・ヨナスという学者を主に研究しているのですが、これまであまりそのことについては語っていませんでした。研究者としてフォローしてくださっている方もいますし、ちょっとずつ紹介していこうかなんて思ったので、まずは簡単に経歴などを。
  • rakuha
    ハンス・ヨナスは1903年、ドイツ生まれのユダヤ人。フライブルク大学に入学し、そこでハイデガーと出会い彼を追いマールブルク大学へ。ブルトマンにも師事し、グノーシス主義とハイデガー哲学の融合を研究テーマに。
  • rakuha
    しかし、ヒットラーが政権を取ったことにより出国。ナチスに加担したハイデガーとも決別。イギリスを経てパレスチナへ。シオニストとして入隊し従軍するが、建国後のイスラエルからもヨナスは去ることになる。
  • rakuha
    カナダを経てアメリカで教授に着任。有機体哲学の研究をしたことから、生命倫理に触れることとなる。それが契機となり、倫理学についての『責任という原理』を著すことに。特に祖国ドイツで評価される。
  • rakuha
    僕は信者ではないですが、ハンス・ヨナス研究者としてもっとヨナスを知ってほしいという思いがあります。そんなわけでたまーにヨナス宣伝ツイートしますが、専門的なことを専門的に書くのはつまらんなーと自覚しながらではあります(;^_^A
  • rakuha
    ヨナスの倫理学は責任や未来世代を重視する点が注目される。しかし研究してわかったことは、彼のオリジナリティはもっと違う点にある、ということだった。第一に、彼はベターライフやベストライフを語らない。「生きることがなぜグッドなのか」という点にこだわるのである。
  • rakuha
    ヨナスは存続が危ぶまれるためにそのような問いが生まれたとするが、私の見解は違う。ようやく倫理学において、存続が危ぶまれる層まで倫理的主体として考慮されるようになったのである。
  • rakuha
    第二に、「恐れに基づく選択」という考え方こそが、ヨナスの倫理学の大黒柱である。ヨナスは単純に二つの行為の良し悪しを比較するのではなく、「リスクの大きな選択は避けよ」とするのである。より良い目的が見えていながら、実現へと向かう過程のことを考えて断念するのは勇気がいる。
  • rakuha
    常に「恐れに基づく選択」をすることは、我々にとって厳しいものになるのではないか。伝統的な倫理学は、「恵まれた者がより恵まれた者に」なるような視点で語られることが多い印象である。ヨナスは倫理学者として出発しなかったために、そのような従来とは異なる視点で倫理を考えたのではないか。
  • rakuha
    ヨナスはハイデガーのナチス入党に絶望し、軍人として参加したイスラエル建国にも煮え切らなさを感じ、なかなか職を得られず、そしてたどり着いたアメリカで70代で久々にドイツ語で書いた『責任という原理』が祖国で評価された、という方なのです。
  • rakuha
    Hans Jonasはハンス・ヨナス、もしくハンス・ヨーナスと訳されます。ハイデガーかハイデッガーか、みたいな感じですね。論文を書くときに統一する必要があり、僕はヨナスにしてます。「ヨナ記」とは言っても「ヨーナ記」とは言いませんもんね。ドイツ人の先生に確認したこともあります。
  • rakuha
    表記は統一した方が読み手にとってはありがたいのですが、そういう話し合いをするわけでもなくヨナス派とヨーナス派は五分五分の勢力を築いてしまっている気がします。あと、ジョナスと訳している本もありますが、さすがにそれどうなん。
  • rakuha
    ヨナスを研究している以上どこか惹かれているところがあるわけで、そういうのをもう少し伝えてもいいかなと思ったりもします。でもなんか「ヨナスいいでしょ!」と言うのも恥ずかしいので(?)、印象に残る部分を引用などしてみようかと思います。
  • rakuha
    人間全体の実在(生存)あるいは本質を、行為の掛金としてはならない。この原理からただちに帰結するのは、人間全体の実在や本質を掛金とすることが単に可能性にすぎないとしても、そうした冒険を冒すことは許されないということである。(『責任という原理』)
  • rakuha
    私の答えはこれと反対です。神は力を断念したいというものであります。しかしながら――奇妙な申しようですが――どちらも神をたたえているのです。というのも、断念がなされたのは、私たちが存在できるようにするためだからです。(「アウシュヴィッツ以後の神概念」)
  • rakuha
    博論ではヨナスが「それ自体よきものがあるうるが、これが私の意志に向かい耳を傾けるよう求めてくる」と述べる点について、「超越的なものを想定してはヨナスの形而上学の枠組みが危うくなる」として批判しました。聞こえる人にはどう反論しましょうか……
  • rakuha
    ハンス・ヨナス研究をする方は日本にも結構いますが、僕は尾形敬次先生の論文が最もわかりやすいと感じています。例えば「存在から当為ヘ : ハンス・ヨナスの未来倫理」(哲学年報 46)などはpdfでも見ることができ、初めての方に良いのではないかと思います。
  • rakuha
    出版されているもので言えば品川哲彦先生の『正義と境を接するもの―責任という原理とケアの倫理』責任とケアは似ているようで違い、それを対比させたのは面白い視点だと思います。
  • rakuha
    ブログに【「乳飲み子の倫理」とは何か】という記事アップしました。ハンス・ヨナスについてです。 http://sekitan.seesaa.net/article/185700551.html 
  • hansjonasbot
    恐れは、責任のために本質的に必要である。我々がそのように考える恐れとは行為を禁止する恐れではなく、行為するように勧める恐れである。その恐れは、責任の対象についての恐れである。
  • hansjonasbot
    神が力を断念したのは、ひとえに人間の自由を許すためである。
  • hansjonasbot
    脳がほかでもないこの肉体のかけがえのないものであるように、肉体はほかでもないこの脳のかけがえのない肉体なのである。
  • hansjonasbot
    あの時代のかの深遠な思想家が、褐色シャツ大隊の怒涛の更新に歩調を合わせようとしたとき、彼個人に幻滅したばかりでなく、哲学の敗北すら私の目に映ったのだった。
  • hansjonasbot
    ハンナ・アーレントが男たちにとって魅力的であったのには十分な証言があり、また私は女性に対して気が多いという事実にも十分な証言があるのである。それにもかかわらず、我々の場合は、そうではなかったのである。
  • hansjonasbot
    何を欲しないかのほうが、何を欲するかよりも我々にはずっとよくわかっている。だから道徳哲学は我々の願望よりもまず恐れの方にもっと耳を傾けるべきである。
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コメント

  • rakuha
    まじめなところだけ(笑)まとめてみました。ヨナスさんに興味を持ってもらえれば。
  • takashi_88
    ハイデガーかぁ。高校倫理の知識しかないですが、うろ覚えに死の絶望の瞬間に本当の実存がうんたらかんたらだったかなぁと。ヨナスさんも死の選択回避によってうまれた感情である「恐怖」に着目してるあたり、似てるんですかねぇ。。ユダヤの人ってやっぱし賢いなぁ。。。
  • rakuha
    ちょくちょく更新。
  • rakuha
    本人の言葉をいくつか追加。
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