• kiri_tori
    ✄------------ 1/30(日) -----------✄
  • kiri_tori
    ✄------------ PM 4:00 ------------✄
  • navagraha_
    まあ英語喋れないけどね。物凄いカタコトと筆談とジェスチャと絵で何とかしたことならあるが、そう、このあたりアスペルガー症候群当事者的には苦手な分野なのかも知れないのだが、だから、多少演劇に親和性を持っとくといいし、音楽だけでもたくさんのことが伝わってると知ってると気が楽。
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  • navagraha_
    さてそこで、異文化育ちの人には「伝わらないパントマイム/仕草」がある、ということを覚えておかなくてはならない。例えば手招きの向きが逆だったりするように、落語家よろしく蕎麦を啜るパントマイムをしたところで蕎麦を知らなきゃ「行儀悪くパスタ啜ってる野生児」だし。
  • navagraha_
    「お芝居」「パントマイム」の意識が何故自閉症者にとって重要っぽいかというと、それらは常に「観客(他者)から見て十分に解釈可能であり、かつ、内容が演者(私)の意図と概ね一致する」ように行われるものだからだ。恐らく、このスキルは非常に好ましい。説明性を持つことは社会性を繋ぐ。
  • navagraha_
    補足>「内容が」というのは「他者の解釈する内容が」ということね。つまり演者は他者に国語の問題を出しているようなもの。大半の人が正解に辿り着けるよう整形したデータを他者へ出力するということ。それが演技。そして、社会性を繋ぐ演技とはある意味でソーシャルスキルそのものだと思う。
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  • Wikipedia: 社会技能(ソーシャルスキル): http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E6%8A%80%E8%83%BD
  • navagraha_
    そういう意味では幼少期に『ガラスの仮面』を与えられ、ちょっとだけだけど実際の劇団の様子も覗けたこと、またオペラ等歌曲を聴く機会が与えられていたことは、私にとって幸運だった。「わかりやすさ」の大事さ。文脈の中でのある仕草の「隠されているけれど明白な意味」。感情の表現。全て。
  • navagraha_
    それからもうひとつ大事なことは、役者が演技のためにどれほど身体を鍛え声を鍛えているかということ。それらが貧弱な場合、「意味が伝えられない」事態が起こりやすい、これは現実世界でも同じだと思う。しかるに、自閉症者は身体機能も色々アンバランスなことが多い。勿論、私も。
  • navagraha_
    様々な表現のために、人はどれほどたくさんの変奏能力を使って声や表情や仕草を発しているか。それを最も目に見える形でデモンストレーションしているのが演劇だと思う。道具の作り方一つとってもはっとさせられることがある。即ち、会場の殆どの客から「部屋に見える」よう歪んだ大道具。それが正解。
  • navagraha_
    で、個人的なことだが、劇団にいたうちの家族は「演者」の部分が少なく「舞監/演出」の部分が多い人である。これがまた考えさせられる。「場」を回す人間。観客(他者)に伝わるよう、表現(演技)のメリハリがつくよう、「演出」を行う人間。これもまた、現実世界に重ねて考えるべきところがある。
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  • navagraha_
    演技の話の続き。例えば私は「アイコンタクトをしているかのような演技」を日常的に実行している。相手の瞳を見るのは怖いが、眉間や眼鏡のフチ・鼻当て、睫毛などなら見ることができる。時折そういう所に視線を向ける仕草は、十分に「アイコンタクト」として通用する演技になる。
  • navagraha_
    怖いというか、無理なのね。怖いのを我慢すれば見られるかって言うとそうでもないから。磁石のS極とS極を無理矢理くっつけようとするような、原則的な無理行為なのである。それをご理解いただきたい。海の中で生きろというようなもの。
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  • kiri_tori
    ✄------------ PM 10:00 -----------✄
  • h_rururirura
    .@navagraha_ 息子の3.4年生の時の担任の先生がね「相手の鼻を見てお話をしましょう」って、3年生の初めての挨拶で言ってたの。この一言でこの先生のこと信頼してしまった。この言葉だけでなく少数派の事を考えてくれる先生だったなあ。(今でもお世話になっていますが^^)
  • navagraha_
    @h_rururirura へえ!それは言われたことないです、面白いですね。鼻を見るのも、手を伸ばして届く範囲より外の相手ならアイコンタクト偽装に使えることは経験しています(それより近いと流石に角度でバレる)。もっと遠ければ「ネクタイの結び目を見て」とか面接指導で言いますよねー。
  • navagraha_
    @h_rururirura 「目を見て喋らない=嘘ついてる」とか「目が泳ぐ=動揺してる」とか、「本気だったら私の目を見て言ってよ」みたいな既成通念があるので、こっちが偽装しなくてはなりません。そのやり方に戸惑ってると気付いてアドバイスをくれる人がいたとしたら、素敵な話ですね。
  • h_rururirura
    @navagraha_ 私も聞いた時は「鼻?」「目じゃないの??」と自分の耳を疑いましたが(小学校の先生には「目を見て」と言うか他がおおそうと言うイメージがあって)その先生はずっと「鼻」で通していました。これは息子だけでなく他の子どもたちも助かった子はいると思う、です。
  • navagraha_
    @h_rururirura 私は目が見られませんが、逆に強く見過ぎて警戒される人もいるようですから、そういう意味でも「目しか見ちゃいけない訳でもないよ」という選択肢を見せるのはいいですね。重要なのは「相手がどう受け取るか」。こっちが折れてる訳ですが、必要な気遣いの一種ですよね。
  • h_rururirura
    @navagraha_ 私は目を見てといわれると凝視してしまうので、相手に恐がられてしまうタイプです。だから目は見ないようにしています。まさに警戒される人です^^子どもの内から、目を見るのではなく相手の方を見て話を聴く(それが目じゃなくて鼻)って言うのがわかりやすくて良いなあと
  • navagraha_
    @h_rururirura そうでしたか。結局、「私はあなたとのコミュニケーションに集中しているし嫌ではありませんよ」とか、「嫌だけど真剣に話をしてますよ」というサインが伝わることが大事なので、「目を見る」にこだわって弊害があるくらいなら他の手を取るのが一番ですよね。
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コメント

  • _hirundorustica
    自分の子供がASDDだとも知らず、巷間言われていた子供の目を見て真摯に子育てしましょう的なスタンスでガチガチやってたのを激しく後悔…目を見つめると「思い」が伝わると信じていました。でもこの「思い」って親の勝手な幻想ですね。
  • ladygrey1101
    このあいだマナー研修でアイコンタクトについて「目を合わせるのは一瞬でいい」と習いました。衝撃でした。目を見ないで喋ると批判され続けると、目を見ながら伝えようとして凝視しちゃうのかも。
  • tsuyoshi_cho
    目をみると注視/ガンツケ度が高いから、ですかね、自分も鼻あたりがよいというマナー講習受けた気が(当方視線に弱い上がり症)
  • yambsa
    うちの子は異常に目を合わせたがる。覗き込むし、わざわざ頭つかんでぐいって正視させるし。でもこっちが声かけても目を合わせない。
  • navagraha_
    テキスト機能が付いたので、注釈代わりのURL入れたり書影呼んだりしてみた。やり過ぎたかも知れないが便利。(随分以前の発達障碍関係のまとめです。)
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