恵方巻がコンビニで大々的に宣伝されるようになって何年経つのだろう。1997年冬、「節分には西向いて笑いながら、太巻きを丸かぶりするんだよ!」と力説していた友人の話を、周囲の人たちはまったく信じず、大笑いしていたのに。(もっとも、関東でも一部店舗では販売していたようだ)
「この地方では、こんな面白い風習があります」という話は、とても興味深い。しかし、ここから三つのことに考えが及びます。
(1)誰の視点で「面白い」のか
(2)それを「商売のネタ」として全国に敷衍する力が働くこと
(3)(2)の結果、風習の標準化が進むこと
(1)は、メディアが東京偏重であることを浮き彫りにします。「面白い」と思う感覚は「東京在住の人が知らないこと」であり、地方の風習を単なる「珍景」に貶める危険性があります。新聞は「地方発」も強いのですが、電波メディア(テレビ)は在京キー局が制作したものを全国に配信というシステムのため、とくにこの傾向があるように感じます。もちろん、きちんとした文化的背景まで紹介する良質な番組も多くありますが、それとこれとは別の話です。地方在住者にとっては、東京の風習やファッション、お金の使い方を珍奇に思うことは多いでしょう(バブル期の「ジュリアナ」をご想像ください)。
(2)は、地方の風習の破壊につながることがあります。「YOSAKOIソーラン祭り」が爆発的に普及した結果、地方(東京も含む)のイベントや学校の体育祭では民謡ではなくこれが踊られる状況が出現しています。wikipediaでは「文化のブラックバス」という書かれ方がされています。また、恵方巻のようにソレを商売のチャンスとして売り手がキャンペーンを張ることで、全国に広がっていきます。
(3)は、特定の地方の風習が全国に敷衍され、結果として地方の風習ではなく全国的な「常識」になってしまう恐れがあります。もしかしたら、似たような風習を持つ地方のそれが、これによって覆われ、失われる可能性もあるでしょう。アメリカザリガニがニホンザリガニを覆ってしまったように。これは、地方の風習の破壊と見なすことができましょう。
功罪あると思いますし、こうした問いに正解はありません。風習などは簡単に変化するものですし、いままでも、ゆるやかにそれが進行してきました。しかし、個人的な好き嫌いの理由を見つめてみれば、いくつかの形に収斂するかもしれません。みなさん、恵方巻やYOSAKOIソーラン祭りについてどう感じますか。
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ここから生まれたやりとりをまとめてくださった方がいます。こちらもご覧くださいませ。
「風習」とか「地方固有」って何だ!―恵方巻とよさこいソーラン、商業と文化のこと―
http://togetter.com/li/236418
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by tenereisobe