伊奈帆座敷牢監禁交換日記

西行時雨 @shiguresaigyo

17日目 基本的に独り言はあまり言わなかった彼が今日はやたらと何事かをつぶやいている。言葉を忘れるほどの期間ではないはずなので、おそらく精神的な話だろう。よく聞き取ってみると、それらは誰かの名前のようだった。離れていてもその想いで立ち直れる相手がいる彼だからこそ強く在れるのだろう

くれは @az_kureha

18日目 彼の独り言は断続的に続いている。いや、独り言というよりも、まるで誰かと掛け合いをしているようなときもあった。少しばかりおもしろくない。たとえ彼が空想上の相手と喋っているとしても、その瞼の裏に映る人影は僕でなければならない。罰として一日、水と食事を抜くことにした。

西行時雨 @shiguresaigyo

19日目 衰弱した状態での水と食事抜きは大分こたえたのか、今日はなかなか起き上がろうとしない。もともと体力は多くなさそうであるし、よくもっている方だろう。食事と水の入ったトレーが室内に運び込まれるのをぼんやりと見つめる彼の瞳は、少しずつだが強い意志を失っているように見えた。

くれは @az_kureha

20日目 遂にストレスに耐えかねたのか、彼が身をかがめて胃の腑の中のものを全て吐き出した。どろどろに溶けた、微かに黄色味のある吐瀉物は彼の一部になる予定だったものだ。舐め取らせて綺麗にするよう命じようかとも思ったが、やめた。水を飲んで彼はまた身を丸め、浅い眠りにつく。

西行時雨 @shiguresaigyo

21日目 一度嘔吐したら癖になってしまったのか、今日も少しだけ吐いた。嘔吐が続くようなら、生命の維持に支障をきたす前に他の栄養摂取の方法を考えねばならない。自分が排泄する甕に頭を突っ込んで嘔吐することを学んだらしい彼の自尊心が折れてしまうのはそう遠い日ではないだろう。

くれは @az_kureha

22日目 段々と目がうつろになってきたが、なぜか左目の虹彩だけは生き生きとしているように見える。彼が左目を手のひらで押さえて「……うるさい」と呟いた。彼の中に何が住んでいるのだろう。それはもうすぐ心の堰が決壊してしまいそうな彼の、唯一の支えなのだと思った。はやくこわさなければ。

西行時雨 @shiguresaigyo

23日目 彼をあの座敷牢に入れる前の診断書を読んだ。彼の眼窩に埋め込まれている義眼はどうやら見えるだけの代物ではないらしい。外さなかったのは、その義眼が彼の脳につながっているゆえだと。どんな機能があるのかはわからないが、彼の脳をどこの誰が作ったか知れない物が侵しているのは忌々しい

くれは @az_kureha

24日目 久しぶりに彼のいる牢の前に立ったが、彼は寝そべったまま緩慢に僕を一瞥し、まるで興味がないという風に視線をそらした。さっさと殺せばいいとその背中が言っている。これは少し、僕が望んだ壊れ方とは違う。諦観は彼らしくない。もっと強烈な壊し方をするにはどうすればいいだろう。

西行時雨 @shiguresaigyo

25日目 何が有効かわからなかったので、とりあえず優しい言葉をかけてみた。「閉じ込めてごめんなさい」しかし彼は何の反応も示さない。少し白々しかっただろうか。肉体的な責めを受けるばかりで精神的な責めなど受けようがなかった僕には、彼にとって何がつらく苦しいのかがよくわからないのだ。

くれは @az_kureha

26日目 とうとう、起き上がる気力もないらしい彼の檻の中に入ってみた。ギイ、と扉が軋む音で彼がぱちりと目を覚ます。ずっと横を向いて寝ているので、仰向けにして下敷きにしていた方の腕を取ると、思った通り肘や仙骨の部分が赤ぁく擦れて、褥瘡になりかけていた。彼の一部が段々壊死していく。

西行時雨 @shiguresaigyo

27日目 今日も彼の檻の中に入った。反応はすこぶる薄い。つまらないと腕を取り、赤くなった部分を強く押すと、びくりと一度震えただけだった。日の光を浴びないまま、もう少しで一ヶ月。地球で過ごしてきた彼はさぞ参っているのだろう。すっかり色の悪くなった爪を一撫でして檻から出た。