『私の最大のプンプンにおける違和感が、好意のない行為をしてしまうことによる好意からの行為への欲望を抑制しようとする態度で、女からすると、好意のない行為が問題であり好意からの行為を抑制する意味がわからん!』 = 「性的欲望のはけ口」(エロ)的なものを嫌うがあまりに「好きって気持ちからの性的指向」まで抑制しようとする若い男子的葛藤、としたとき
「( ゚Д゚)<私のカラダが目当てなのね!」ってのは「体(性行為)だけが目当てで私を見ていない(わたしを好きという気持ちが伴っていない)」という疑念を半ば含意することで「ココロ / カラダ」-「好きという恋愛感情 / 性的な結びつき」を二分法的に分けてしまう思考を暗黙に前提としてしまいがちだけど、実際の恋愛においてはココロ的欲求もカラダ的欲求も両方あるもの。 なのにしばしば「純愛 / エロ」という風に恋愛的な関係がデフォルメされた極点におかれ描写され、「純愛こそがエロよりも尊いもの」という価値が半ば暗黙されてしまう(cf.「アンアンのセックスでキレイになれた?」)。また、「男はカラダ(視覚や行為)メインで女はココロ(関係や好意)メイン」、って傾向が再帰的に踏襲されたり(この辺は男女という性別に基づいた差ではない感じ。女でもエロいこと好きな人いるし、男のほうが局面によっては心理面重視したりもする) ロマンスとしては性を排除したもの(あるいはファタジーとして表したもの)が好まれ、リアルな心象の描写を基点としたファンタジーにおいては性的禁忌へのオルタナとしてセックスに通じる設定や背景の過激さがミョーに前景化する(ロマンスのほうの例としてBL、もしくは電車男ほかの一種の純愛ファンタジー、セックスに通じる設定や背景の過激さがミョーに前景化したものとしては「恋空」や一部の少女・レディースコミック)
極度に純愛的なもの(ex.ハーレクイン、BL)、極度に性的な描写のもの(ex.ポルノ)、というのはいずれも観念とカラダのどっちかに偏ったフェティシズムでありファンタジーであり実際の恋愛・性愛的場面で出会うリアリティとは異なった極端さがあるものだと思うし、消費する層もそれは気づきつつファンタジーとして消費しているはずだけど、思ったよりその表象作用のようなものの影響を受けているのかも知れない(あるいはそういった形で恋愛や性愛のイデオロギーがマッピングされることがなんらかの形で現実の恋愛・性愛の心的構成に反映しているか)
その辺りの回路は確認しがたいけど、とりあえず性を語ったり話しあうときの躊躇は性に関わる事柄が「エロ」として極端にデフォルメされ商品化されているために実際の性的場面での心性が疎外されているということなのかなぁ、ということ。あるいはエロが極端に記号的に偏っていって結果的にエロくなくなっていくことなんかを考える際のメモとして。 男女間の恋愛・性愛的マンガ系コンテンツとしては『女子ロマンス(ハーレクイン)的なもの/男子ロマンス的なもの/男子ポルノ的なもの(肉-視覚的描写萌え)/女子ポルノ?的なもの(設定萌え)』でとりあえず粗く腑分けできそう。
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by m_um_u