理系的思考をする人(理詰めと効率の人)と文系的思考をする人(情念と理想の人)の対話が食い違うのはなぜか。
そして、相手が理解していないことが何なのかについて、既に理解している側はなぜ理解できないのか。
自分の正義と違う正義を信仰する人を侮蔑することを何故快感と感じるか。
救済するフリをしつつ、憐憫と優越感を抱いている点で、「可哀想な人を救ってあげよう」という善意は「おまえらはバカだ」という侮蔑と本質的には大差ないのではないか。
という、色々に通じるような通じないような話。
付記。
「理系と文系」というカテゴライズはいろいろ誤解を呼ぶので、
「理系=理詰めと効率優先の人」
「文系=情念と理想優先の人」
のほうがニュアンス的には近いかも。
理詰めと効率の人は対話相手に逃げ道を作らないので、相手の正義を徹底的に否定する。そのうえ、見切り(見捨てる)のも早い。
情念と理想の人は回り道を厭わず非効率で、落着点が見出せなくても時間を掛ければ相手は変わると信じ、また自己のアイデンティティへの執着が強くて「理詰めの正論」を嫌がる。(特に理屈が理解の範疇を超えたとき)
この性質性向の差は、歩み寄りがたい。
が、どちらもそれぞれの正義に根ざしているので、容易には和解できない。
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by azukiglg